日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、01年『MASK DE 41』(村本天志監督)で脚本家デビューを果たした足立紳。現在、監督作である最新映画『Good Luck』が公開中の足立監督の、作品作りにおける「THE CHANGE」とはーー。【第1回/全2回】

足立紳 撮影/河村正和

「親の影響で映画が好きで、小学生の高学年の頃、テレビで洋画劇場をよく見ていたんですよ。番組の冒頭と最後に、淀川長治さん、荻昌弘さん、水野晴郎さん……といった映画評論家の方たちが、放送される映画の解説をしていましたよね。その方たちを見て、“映画を観て、しゃべっているだけでお金がもらえるんだ”って憧れて (笑) 。どうしたら僕もそんなふうになれるのかって考えたんです。

 思いついたのは、映画雑誌『ロードショー』の読者の映画評に投稿すること。“載せてもらえたら、ゆくゆくは淀川さんたちみたいな評論家になれるんじゃないか”って、せっせせっせと送り続けましたね。当時はジャッキー・チェンやシルベスター・スタローンの映画が好きで、初めて載せてもらったのがスタローンの『オーバー・ザ・トップ』の映画評でした。

  “観る側”への憧れが、“作る立場”への興味に変わったのは、中2のときです。修学旅行で京都の太秦映画村に行ったことがきっかけでした。初めて撮影現場というものを見て楽しそうだなって思って、こういう現場で働こうと思ったんです。その後、日本映画学校を卒業するタイミングで、監督志望だった僕に、佐々木史朗さんという名プロデューサーの方が、“どの監督に付きたいんだい?”って聞いてくださったんです。当時ファンだった大森一樹さんの名を挙げたんですが、撮影に入っていらっしゃって、タイミング的に難しかったようで。1週間後くらいに、佐々木さんから“相米慎二って監督知っているか”って電話が掛かってきました。もちろん存じ上げていますし、“怖い人”って噂も聞いていたので、何か嫌な予感がしたんですよ (笑) 。それでも1回お会いする時間をいただけて、月10万円の内弟子というのか丁稚というのかそんな形で、相米監督に師事しました」