日本映画学校(現・日本映画大学)卒業後、相米慎二監督に師事。助監督、演劇活動を経てシナリオを書き始め、01年『MASK DE 41』(村本天志監督)で脚本家デビューを果たした足立紳。現在、監督作である最新映画『Good Luck』が公開中の足立監督の、作品作りにおける「THE CHANGE」とはーー。【第2回/全2回】

足立紳 撮影/河村正和

「32、3歳ぐらいの頃に、“俺が映画の世界で作品を作れることはないな”って、気持ち的には諦めたんですよ。ただ、それでも、“シナリオを書く”って誰にも迷惑をかけないじゃないですか。それで、なんか書き続けていたんですよね。

 あと、同じ頃、結婚して子どもが生まれたんです。そのときに、“これまでの人生、ちゃんと生きてきた瞬間がなかったな”“何かひとつちゃんとやりたい”“よし、ちゃんと専業主夫をやろう!”って思ったんです (笑) 。もともと、外で働くことが苦手だったし、妻が働いていたので、僕は子育てや家事にしっかり向き合いました。そのときに、“あ、俺にもまだ頑張れる力が残っていたんだな。ちゃんとやれる力が少し残っていたんだな”って気がついて。それが大きかったかもしれません。

 自分を褒めたのは小学5、6年生以来、久しぶりのこと。妻も“あんた、スーパー主夫やってるじゃん”って、そのときは言ってくれました。しばらくたつと、“私は専業主夫と結婚した覚えはない。結果を出せ”って恐ろしいことを言われましたけど (笑) 。結果って出てるじゃんて。

 NHKの連続テレビ小説ブギウギ』も、妻に“絶対にやれ!”と言われて、書くことを決めたんです。“書いたら優しくしてくれる”って言ってくれたのが、本当にうれしくて。ただ、その約束もすぐ反故にされました (笑) 。

『ブギウギ』のオファーをいただいたときは、もうメチャクチャうれしかった……というとそうでもなくて。というのも、そのときまで、朝ドラを1回も見たことがなかったんです(笑) 。大変だという話も聞いていたし、作風的にも僕がこれまで書いてきたのとは違うので、向いていないなと。でも、書けば、親は喜ぶだろうな〜なんてウダウダしていました」