1993年、『ソナチネ』(北野武監督)で鮮烈な映画デビューを果たし、以降『模倣犯』でのブルーリボン賞助演男優賞をはじめ、数々の映画賞を受賞してきた津田寛治(60)。日本映画界に欠かせない名バイプレーヤーとして走り続ける彼が、3月28日公開の最新主演作『津田寛治に撮休はない』では本人役で、現実と虚構が入り交じる不思議な世界に挑む。18歳での決死の上京から、北野武監督への直談判、そして恩人・大杉漣さんとの知られざる絆まで。常に第一線を走り続ける津田寛治の、熱き“THE CHANGE”に迫るーー。【第2回/全2回】

津田寛治 撮影/河村正和 ヘアメイク/馬場エミリ スタイリスト/三原千春 衣装協力/ヨーガンレール TEL03ー3820ー8805

 北野武監督の『ソナチネ』で、僕は女性客をナンパするウエイターの役でした。セリフはテストの直前にメモ書きのようなものを見せられただけ。そこで、うろ覚えなセリフを思い出しながら、演じるよりも、“もし自分がナンパするなら……”と考えて、自分の言葉でお芝居したんです。当時の僕は俳優としてのスキルを何も持っていなかったから、その気持ちになりきるしかなかった。半分アドリブで自分の気持ちを使うしかなかったんですよ。そのシーンだけのはずでしたが、その後の沖縄ロケにも帯同させていただいて。これが僕の映画初体験でした。

『ソナチネ』でご一緒させていただいた大杉漣さんも、僕にとって非常に大きな存在です。映画が終わってからもお話しする機会があって、好きな映画の話になったんです。僕が、竹中直人さんが監督された『無能の人』が好きだと話すと、大杉さんが「今度紹介するよ」って言ってくださったんです。しばらくして本当に竹中さんにお会いすることができたのですが、そのときに大杉さんが仰ったんです。

「自分で売り込まないと何も始まらないよ。僕は君の親じゃないんだから、自分の言葉でちゃんと伝えなさい」って。

 いざ竹中さんにお会いしたら緊張して挨拶しかできなくて……。それでも、夢中で『無能の人』のことを機関銃のように熱く語りました。すると竹中さんは、興味を持ってくださったようで、ご自身が書かれた「ホテル」というタイトルの詩を朗読することになったんです。今思うとちょっとしたオーディションだったのかな。

 それがきっかけとなって 『119』という消防士たちの日常を描いた映画に出演させていただきました。