俺の人生って、ほとんど白い原稿とか紙の中でやってきている

ーー実体験だったんですね。

新井「ファンタジーみたいですよね。ゆみこさんたちの話を聞いてると、ファンタジーと現実の世界が一緒になってくる感覚があるんですよ。『EUREKA』にナチュラルボーンの女王様が在籍してるんだけど、『スパンク』を読んで、“私たちがいる場所は、ファンタジー世界なんですね。初めて知った”って言ってました。

 それは自分にもリンクしたんです。『エブエブ』を観たとき、“これ、ネームを考えてたり漫画を描いているときの俺の頭の中そのまんまだ!”って思って」

新井英樹 撮影/冨田望

『エブエブ』とは、本年度アカデミー賞で作品賞、監督賞、脚本賞、主演女優賞を含む7部門を受賞した『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』のこと。

 倒産寸前のコインランドリーを経営する主人公の中年女性が、マルチバースに生きる別の自分から特別な力を得て、人類を救うべく巨悪に立ち向かう……という奇想天外な内容。しかし、新井さんは同作に強烈なシンパシーを覚えたという。

新井「漫画を描きはじめて35年くらいになるんだけど、現実と、妄想や想像の割合を考えると、俺の人生って、ほとんど白い原稿とか紙の中でやってきている。それが、"現実世界で生きていることじゃない”ってなったら、”俺の人生ってなんなの?”って話になるわけです。

 しかも現実の中の3分の1は睡眠時間でしょ? だとしたら、そこで生きなきゃイヤだし、生きている確信がほしいんですよね」

 だからこそ、新井さんが描く世界は、切実さが痛いほど読む者に迫りくるのだろう。紙の中から、現実に。

【プロフィール】
■新井英樹(あらい・ひでき)
1963年生まれ、神奈川県出身。明治大学卒業後、文具メーカーに就職、営業マンになるも漫画家を志して1年で退職。1989年に『8月の光』でアフタヌーン四季賞を受賞しデビュー。1993年、自身のサラリーマン時代の経験をヒントに描いた『宮本から君へ』で第38回小学館漫画賞青年一般向け部門を受賞。以降、『愛しのアイリーン』『ザ・ワールド・イズ・マイン』『キーチ!!』シリーズなど、掲載誌で異彩を放つ衝撃作を発表。2018年には『宮本から君へ』がテレビドラマ化され、映画『愛しのアイリーン』が公開。現在、新人女王様ふたりと、彼女たちを取り巻く個性的かつ魅力的なキャラクターによる人間讃歌『SPUNKー スパンク!ー』(KADOKAWA)を『コミックビーム』で連載中。6月12日に単行本1・2巻が刊行された。