「RINJIN」「パヤパヤ」などのヒット曲で知られるバンド『LA-PPISCH』(“A”はウムラウト付き。以下、レピッシュと表記)。そのフロントマンで、ボーカル・トランペットを担当するのがMAGUMIだ。2023年でバンド結成40年、MAGUMIさんの長い音楽人生の「THE CHANGE」に迫る。【第2回/全5回】

MAGUMI 撮影/松野葉子

 インタビューの中盤で、「ゴールが見えないと頑張れないからね」と言って、タバコ休憩を申し出たMAGUMIさん(60)。タバコを吸いながらの雑談で、取材場所にまつわる思い出を語ってくれたが、あらためて周りを楽しくする才能を感じさせてくれた。

――レピッシュとBUCK-TICKは同日デビュー(1987年9月21日)でしたが、お互いに交流はありましたか。

「同日デビューは偶然ではなくて、ビクターが仕掛けた。僕らは今でいう『SPEEDSTAR RECORDS』というレーベルで、BUCK-TICKは『Invitation』。部署が違ったから同日デビューができたんだと思う。

 ちょうどそのころ、『東北ロックサーキット』(1988年に東北地方を中心に回ったツアー。レピッシュやBUCK-TICK、PERSONZなどが出演)というイベントで、BUCKーTICKとは東北だけで20数か所も一緒に回っていた。あの当時、一緒にツアーを回っていたアンジーや、PERSONZとは今でもみんな仲良し」

 記者が当時、『東北ロックサーキット』を観に行き、出演していたバンドのアンジーがMCで「レピッシュさんごめんなさい」とステージ上で謝っていたのを覚えていた、と伝えると、彼は笑いながら答えた。

「クイズを解きながらコマを進めていくボードゲームをしたんだけど、アンジーが箸にも棒にもかからないくらい弱かった(笑)。レピッシュのメンバーって、みんなスペシャリスト。誰かが何かに強いけれど、ほかのことは欠けている(笑)。その集合体だったので、ゲームとか勝負事が強かったんです」

 バンドブームの渦中にあり、同年代のバンドと一緒にライブを行うことが多かった。当時はお互いをライバル視などしていたのだろうか。

「ライバル意識はなかったですね。むしろ今でも交流が続いているのは、お互いにリスペクトしているところがあったからじゃないかな」