「監督は、ただ何も言わずに待ってくださいました」

 前田さんへのオファーには、脚本とともに監督からの手紙が添えられていた。

「監督はたくましさをとても感じさせる方です。人って、ひとりひとり何かを抱えているものですよね。そのことを、監督自身からも、脚本を読んでいても思いましたし“誰にも言わないけれど、抱えているものってあるよね”という部分に、私も共感しました」

 そう語る前田さん。そのうえで、監督の姿から、さらに感じることがあったと話す。

「人に話せるようになったときって、その人のなかで、何かを突破したときだと思うんです」

――人に話せるようになったとき。

「インタビューなどで、監督自身がお話されていますが、別の作品の打ち合わせをしていたときに、この映画の本編にも登場している、監督自身が幼い頃に事件に遭った現場を、たまたま目にしてしまったそうなんです。見に行ったのではなくて、目にしてしまった。
 そのことがきっかけで、そのとき打ち合わせていた人に“昔こういうことがあって”と話せた。そこから映画にしようと思ったそうなんです」

――そこで話せたことで、監督の中で何かが突破できたということですね。

「人はそれぞれ、いろいろ抱えていて、監督は特に大きなものを抱えているけれど、それを人に言えるようになった。そして、そんな作品を私に一緒に作ってほしいと言ってくれる。そうやっていろいろ抱えている人は、きっとたくさんいらっしゃるはずなので、私も一緒に何かお手伝いできたらと思いました。
 ただお伝えした通り、自分自身の状況があったので、そこに至るまで、出演するかどうかを決めるまでは悩みました。それでも監督はずっと待ってくれた。時間には限りがあるのに。
 そうして向き合ってくれる時間を作ってくれたことにも縁を感じて、出演を決めました」

――縁というのは、やはり重要ですか。

「そうですね。私が迷っている間に、監督が“どうですか?”と返事を聞いてくることはありませんでした。そうしてきても当たり前だと思うんですけど。たとえば、お返事するまでに2週間しかなくて、そこまでに答えが出せなかったら、縁がなかったということになる。でも監督は“どこまでも待ちます”という感じで、ただ何も言わずに待ってくださいました。
 そのことからも、私に何かを託そうとしてくれているんだなと感じました。この作品、このご縁が、また作品を作る大きなきっかけになってくれるんじゃないかな、と感じています」

 映画だけでなく監督と向き合い、その姿からも多くを受け取っている前田さんだからこそ、監督も託したいと思うのだろう。新たな縁から生まれる作品にも期待したい。

まえだ・あつこ
1991年7月10日生まれ、千葉県出身。2005年、アイドルグループ「AKB48」の第1期生オーディションに合格し、AKB劇場のオープニングメンバーとして舞台に立つ。第1回、第3回のAKB48選抜総選挙で1位を獲得し、中心メンバーとして活動するが2012年に卒業。以降、テレビドラマや映画、舞台に多数出演し、俳優として活躍している。2019 年に映画『旅のおわり世界のはじまり』と『町田くんの世界』で第43回山路ふみ子映画賞女優賞を受賞。近年の主な出演作に、映画『コンビニエンス・ストーリー』『もっと超越した所へ。』『そして僕は途方に暮れる』、ドラマ『育休刑事』『かしましめし』『彼女たちの犯罪』。2024年は『厨房のありす』が放送中。三島有紀子監督のオリジナル脚本による映画『一月の声に歓びを刻め』で、カルーセル麻紀、哀川翔とともに主演を務める。

●作品情報
映画『一月の声に歓びを刻め』
脚本・監督・プロデューサー:三島有紀子
出演:前田敦子、カルーセル麻紀、哀川翔、坂東龍汰 ほか
(C) bouquet garni films
配給:テアトル新宿  公開中