“過去は変えられる”と思う理由とは

 だが、まだ運命は原田さんを休ませてくれなかった。51歳で『三千円の使いかた』(中央公論新社)が大ヒットし、原田さん自身も「本当にいろいろなことがガラッと変わった」と実感する。

「ありがたいことに、それまで出していた過去の本も発掘されるような感じで、うわーっと全体的に売れ始めたんです。仕事も8~10社くらい増えていて、この先はちょっと増やせないと思ったほどで。
さらにドラマ化の話をいただいたり、翻訳本が海外で出たり、新しい世界が広がりました。どちらも、自分が働いているわけじゃないのに、自分が働いている、みたいな感じで。二次創作、三次創作みたいな感覚ですよね」

 バロメーターで表すなら、その波を頂点まで描きたい衝動に駆られるが、きっと原田さんは30や50を上限にうろうろするのだろう。目の前の仕事に真摯(しんし)に、ただただ素直に向き合い続けているからこそ、驕(おご)りが波に現れないのかもしれない。

「よく、”未来は変えられる”と言いますが、私はむしろ、過去の方が変えられるなあと思うんですよね。過去にイヤなことがあっても。それはいまの自分の考え方次第で、”あれはつらかったけど、あのときがあったからこそ小説が書けているんだ”とか、“あの経験があったからいまの仕事があるんだ”という風に思えるようになれば、過去を変えられると思うんです」

原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年生まれ、神奈川県出身。’05年、『リトルプリンセス2号』で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。’07年、『はじまらないティータイム』(集英社)で第31回すばる文学賞を受賞。’18年に上梓した『三千円の使いかた』(中央公論新社)がロングヒットを記録し、’22年時点で累計発行部数90万部を超え、’23年に第4回宮崎本大賞を受賞した。最新作は、定食屋を舞台にした心に染みる人間物語『定食屋「雑」』(双葉社)。

●新刊情報
『定食屋「雑」』
真面目でしっかり者の沙也加は、丁寧な暮らしで生活を彩り、健康的な手料理で夫を支えていたある日、突然夫から離婚を切り出される。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察することに。大雑把で濃い味付けの料理を出すその店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする老女〝ぞうさん〟がいた。沙也加はひょんなことから、この定食屋「雑」でアルバイトをすることになり——。個性も年齢も立場も違う女たちが、それぞれの明日を切り開く勇気に胸を打たれる。ベストセラー作家が贈る心温まる定食屋物語。