往復8時間「今日はシャッターチャンスが…」

 うちの父親って、新聞記者であると同時にカメラマンでもあって、すっごい偏屈で、シャッターを 1 回か2 回しか切らない。父親が言うには、下手くそなカメラマンだから、いっぱい撮るんだ。で、本物のカメラマンは、一瞬を切り取る。だから何回も押しちゃダメだ。それが報道だっていうこだわりがあったんですよ。
 ベルンの時計台の前に親父が朝、三脚を立てて、私たち家族はその周りの観光に出かけて夕方、戻ってきたんですね。
 親父に、「いい写真撮れた?」て聞いたら、ひと言。「今日はシャッターチャンスがなかった」。もう、ビックリです。往復8時間かかるんですよ。もっとかかったかな? ジュネーブ支局長の前がウィーン支局長だったんで、一緒についていった私は、ウィーンでドイツ語を覚えていたので、ドイツ語を話せたんです。
 ジュネーブはフランス語なんですけど、ベルンはドイツ語なんですね。だから、たとえば私に言って「お前ちょっと、そこの現地の子どもたちを集めて遊べよ」って言ったら、そこで、すぐに仕事は終わるわけですよ。
 だけど、親父は「やらせをやってはいけない。自分は報道記者だ」。それがやらせかどうかよくわかんないんですが、現地のリアルな状態を伝えるんだという強い思いと、絶対に“作り”を許さないっていう、その正義感たるや半端じゃなかった。こっちはすげー迷惑って感じですけどね。
 でも、その親父のもとで育っているから、周りを忖度したり、迎合するっていうことが、できない性格に育っちゃったんです。それでもサラリーマンやってるときは、ある程度は我慢してたんですけど、その制約が今、失われて、もうやりたい放題(笑)。