宝塚歌劇団の月組トップスターを務めた紫吹淳。宝塚時代はダンスの名手として知られ、ミステリアスで個性的な男役としてファンを魅了した。だが、「掃除機をかけたことがない、料理をしたことがない」と、浮世離れした生活をバラエティ番組でツッコまれたことをきっかけに存在を知ったという方も多いだろう。長年、舞台人として活躍し続ける紫吹さんの「転機」――「THE CHANGE」について伺った。【第3回/全4回】

紫吹淳 撮影/冨田望

 宝塚歌劇団・月組トップスターを務めた紫吹淳さん。86年の星組公演「レビュー交響楽」で初舞台を踏み、配属された花組ではダンスを得意とする男役として多くのファンから支持を得た。その後、数度の組替えを経て01年7月に月組トップスターに就任、04年3月に惜しまれつつも退団した。トップスター路線を順調にステップアップしてきた紫吹さんだが、20代で人生最大の危機に直面する。

「宝塚時代に、人生で初めての大ケガをしたんです。初めてソロで踊るシーンをいただいたときに、休演することになってしまった。舞台も休まないといけないし、日常生活でも3か月歩けなかったので、歩けることや健康の素晴らしさを痛感しました。

 踊りの、ソロシーンをいただいたところを穴を開けてしまい、“もうこのまま私の帰る場所はないんじゃないか”と思って。でも待っててくれてる方がいたから、頑張れました」

 当時の紫吹さんの「THE CHANGE」は、体を資本とする舞台人にとって健康はなにより大切なものと気づいたこと。しかし、紫吹さんは転んでもタダでは起きないようで、回復のために驚異的な努力をしていた。