芸能界に入ろうと思っていませんでした

――「しくじり」というか、自分を貫いた結果、怒られていたんですね。

「早く人間的に成長して、実家に帰って親孝行したいと思っていたから、遠慮している場合じゃなかったんです。芸能の世界で生きていきたいと考えているメンバーは、上の人間に気を遣っていたかもしれないけど、僕は芸能界に入ろうと思っていませんでしたから」

―― そのマインドは萩本欽一さんのところに行っても変わりませんでしたか?

「欽ちゃんの番組(『欽きらリン530!!』日本テレビ系)のオーディションに受かっても、まだ芸能界に入る気はありませんでした。稽古が1日10時間以上あって、昼の12時から始めて、深夜2時、3時になることもあったんです。欽ちゃんに怒られて泣いてしまう人が信じられなくて。だって、できないところを教えてもらっているんですよ。わからなかったら聞きに行けばいいじゃん。欽ちゃんは“聞いちゃダメ”というルールがあるらしいけど、僕はそんなことを知らないからガンガン聞いてました(笑)。欽ちゃんじゃなくても、ディレクターや放送作家に聞けばいい。実際、ウケなかったネタを欽ちゃんに直してもらうとグッと面白くなるんです。自信があるネタを2つ、ダメとわかっているネタを3つ持っていって、欽ちゃんに直してもらう。そうやって技を盗んでいました。芸能界って当たらずに砕けている人が多いんです。そりゃ、華々しくデビューしても『あの人はいま』になるだろうなと思いました」

――『欽きらリン530!!』でCHA-CHAが結成されますが、アイドルとして人気者になっても「芸能界で頑張ろう」と思いませんでしたか?

 いまと違って、当時の男性アイドルは光GENJIとCHA-CHAだけだったんです。そのうえ、光GENJIは気軽に会えないけど、僕らは握手できるし、ファンレターに返事を書いてましたから、そりゃあ人気が出ますよ。ただ、アイドルだったので、2、3年で人気が落ちるだろうと。
 それこそ『あの人はいま』になると思っていたんです。10年後くらいに、カメラが後ろから来て“勝俣さ~ん”と呼ばれて、振り返るとハゲて太った自分が微笑んでいる。そんなシーンを想像したらゾッとして。実際、営業先がデパートの屋上や動物園のステージにスケールダウンしていったんです」

――CHA-CHAは約3年半で解散します。

「半年くらい、まったく仕事がない時期があって。毎週、彼女とディズニーランドでデートをしていたんですけど、楽しくて仕方なかった(笑)。芸能界にこだわりがないから、“別の仕事をすればいいや”と楽観的でした。CHA-CHAになる前にバイトしていた弁当屋を繫盛させた経験があって。その社長から“いつか店を開くことになったら、この通りにやればいいから”とマニュアル一式をもらっていたので、まず開店資金を貯めようと考えていたんです」