「この年になっても、このうえなく恥ずかしい」

“ここにも昔のように入れ墨をいれたヤクザのお兄ちゃんばかりじゃなく、角川さんのような一般の人も入ってくるようになりました。拘置所も変わらないといけません”
 拘置所で働く人の中にも、今のままじゃいけないと思っている人はけっこういるんだと思います」

――拘置所の生活で一番、ツラかったことは何でしょうか。

「僕は心臓に持病があって、3年前には手術も受けています。拘置所にいる間に何度も倒れ、病院棟に移されたり、検査入院したりしました。体調の悪化によって体重も著しく減り、出所する頃には逮捕されたときより15キロ近く減っていました。
 でも、そうした苦痛以上に精神的にツラかったのは、独居房のトイレが廊下から丸見えなことでした。東京拘置所を紹介した本には、衝立があると書かれたものもあるけど、僕の部屋にはなかった。病院棟も作りは同じです。つまり、廊下を通る医師や看護師から、便座に座っている僕の姿は丸見え。しかも、病院棟の看護師には女性が多いわけです。この年になっても、便座に座って排便している姿を女性に見られるのは、このうえなく恥ずかしい。こうやって自尊心をズタズタにするのも『人質司法』のやり口なんです」

(文責/米谷紳之介)

(第3回に続く)

角川歴彦(かどかわ つぐひこ) 
1943年9月1日、東京都生まれ。66年3月に早稲田大学政治経済学部を卒業後、父・角川源義の興した角川書店に入社。「ザテレビジョン」「東京ウォーカー」などの情報誌を創刊し、93年の社長就任後はゲームやインターネットの可能性にいち早く注目してメディアミックスを進め、KADOKAWA(2002年に会長兼CEO就任、13年に商号をKADOKAWAに変更)を三大出版社(講談社・集英社・小学館)に対抗する出版社に育て上げた。22年9月14日、東京五輪のスポンサー選定を巡る汚職事件で逮捕。翌23年4月27日に保釈が認められるまでの226日間、勾留され続けた。24年6月27日、日本の「人質司法」の非人道性や違法性を世に問うべく、国を提訴。同日、手記『人間の証明 勾留226日と私の生存権について』(リトルモア)を出版した。同10月8日に、東京五輪の汚職事件の初公判がはじまった。