作りたくない映画は撮らない

矢口史靖 撮影/有坂政晴

――マインドは当時と変わっていないということですか? 規模感は全く違いますけど。 

「僕は今も自主映画を作っている感覚です」 

――でもたとえば、規模感が違うと、できることが増える代わりに、制約も出てくるのでは。 

「シナリオの打ち合わせをするときも、撮影現場でも、“これはやりすぎじゃない?”“そうですかね”みたいなやりとりは当然あります。でもそんなものは撮りたくないと思ったら、“それはやりません”とはっきり言うし、“こうして欲しいんです。そうじゃないと困るんです”となったら、“じゃあ、この映画やめます”というつもりでやっています」 

――そうなんですね。 

「今回の作品も“やめます”と言わずに済んだから、今日(公開)に至っている。これまで、完成しなかったり、クランクインまでいかなかったり、“それは僕、作りたくないので、やりません”となった作品も何本かあります。それは『プロ』の仕事のやり方じゃないですよね」 

――だから今も自主映画だと。 

「『プロフェッショナルじゃない』という番組があったら、僕は出られますね(笑)」 

――(笑)。貫き通しているんですね。 

「自分が死ぬほど面白いと思ってないとできないんですよ。そもそも撮影現場は大変なことばっかりだから、毎日、苦しくてしょうがない。だから、これまで好きなことしかやってないです」 

一番うれしい瞬間は、観客の反応を見たとき

――ちなみに、先ほど文化祭でお客さんの反応を観てやめられなくなったとお話されていました。今も劇場に行って反応を見ることはありますか? 

「もちろん。今でもお客さんに紛れてしれっと客席に座り、一緒に観ます。作った映画で観客が笑ったり驚いたりする瞬間が一番嬉しいですね。ただ悔しいのは、映画館の後ろのほうからお客さんを見ていても、後頭部だけで顔が見られないんです。本当言うと、スクリーン横に小さな穴を開けておいてもらって、裏に椅子を置いて、こっそりみなさんが映画を観ている顔を鑑賞できると一番いいんですけどね。そういう施設はないんですよねぇ(笑)」 

『ドールハウス』で初となる“ゾクゾクする”作品を放った矢口監督だが、いつかスクリーンの向こう側から笑顔で覗いている監督がいるのではと思うと、非常に怖い。それはさておき、“僕は今も自主映画を作っている”“好きなことしかやってない”と言い切る監督に、矢口作品の魅力を見た思いがする。

矢口史靖(やぐち・しのぶ) 
1967年5月30日生まれ、神奈川県出身。東京造形大学時代に映画制作を開始。90年に8ミリ作品の『雨女』でぴあフィルムフェスティバルPFFアワードのグランプリを受賞した。93年に『裸足のピクニック』で劇場映画監督デビュー。『ウォーターボーイズ』で日本アカデミー賞優秀監督賞と脚本賞を受賞。『スウィングガールズ』では同賞の最優秀脚本賞を受賞した。ほか監督作に『ハッピーフライト』『WOOD JOB!~神去なあなあ日常~』『サバイバルファミリー』などがある。劇場長編11作目となる『ドールハウス』で初めてオリジナル・ミステリーを手掛けた。 

『ドールハウス』 
原案・脚本・監督:矢口史靖 
出演:長澤まさみ、瀬戸康史、田中哲司、安田顕風吹ジュン 
音楽:小島裕規“Yaffle” 
主題歌:ずっと真夜中でいいのに。 
配給:東宝