写真、文筆、絵画、書、音声とあらゆるメディアで表現し深化を続ける藤原新也さん。世界各地を旅した軌跡を写真や文章で表現してきた。1983年に出版され、ベストセラーになった著書『メメント・モリ(死を想え)』の発表から40年余を経て、今年5月に上梓した新作『メメント・ヴィータ』で現在の世界を語る。藤原新也の「THE CHANGE」に迫る。【第2回/全2回】

――藤原さんは少年期に、初めて水仙の絵を描いた。そして81歳になられた今、来年開催される絵の個展に向けて花の絵を描いていらっしゃいますね。
「次の個展のテーマは「花」です。今は2メートルの巨大なキャンバスいっぱいに大きな花の絵を描いていますが、その絵が完成に近づいた時、ふとある想いが過ぎった。ある日夜中にドヴォルザークの音楽を聴きながら絵筆を動かしていたのですが、ふと自分は、長い長い旅路の末に、今人生の最後にこの花の絵を描いているのだなと。しかしその花の絵はこれまで描いたり撮ったりした花とは比べ物にならないほどエネルギーに満ちているんです。太陽のように。それは矛盾だけど、人生というものはそういうものです」

――新著『メメント・ヴィータ』の中で、人から「どのように死にたいか」と聞かれて、「答える必要はないのではないか」と藤原さんは返す場面があります。その考え方は今も変わらないですか。
「人の死に方はそれぞれです。どういう死に方であろうと、それは肯定すべきでしょう。僕たちは死ねば、火葬で死のうと孤独死で悪臭を放とうと、モノになるだけの話です。僕は27歳の時にインドへ行き、火葬をたくさん見て、その臭いを嗅ぎました。それで焼かれた人間の死体の臭いは人によって違うと知ったんですね。
一方で、焼いた後に骨が残りますが、骨はまったく臭わない。その骨を口で砕いてみると無色無臭無味でした。そのことがショックでした。人間死ねば無色無臭無味。どういう死に方がいいかというのは、つまるところ人間のただの煩悩でしょう」