人前に立つ表現者としてのすごさみたいなものを感じました
「エレファントカシマシの宮本浩次さん。ワイルドで、すごい空気があって、「かっけえ!」と思いました。隣にいらっしゃっても、緊張して一切話しかけられませんでした。あとは椎名林檎さんです。2024年に椎名林檎さんと一緒にやらせていただきました(コラボ曲「ドラ1独走」)。
椎名林檎さんのことは、20歳くらいの映像からずっと見ていましたので、実際に会っても、映像で刺激をもらっていたのと同じ感覚になるのかなと思っていました。いざ林檎さんが目の前に現れると、母性がものすごくて。美しさとか、人間的、女性的オーラとか。人前に立つ表現者として、20年以上人生の先輩の行き着いたすごさみたいなものを感じました」
――そのときにお話しは。
「しました。とにかく“会えてうれしいです!”という気持ちをば~っと書いた手紙とレコードを渡しました。読んでくれましたかね」
――読んでますよ! 「ドラ1独走」もとても素敵でした。そうしたスターとは別に、身近で影響を受けた存在はいますか?
「それは父親ですね」

――SUZUKAさんのお父様は、もともとは男の子がほしいと思われていたとか。
「そうなんです。だけど女の子が続いて、私は三番目なんですが、結局最後まで女で。3姉妹なんです。それで、なぜか長女と次女にはあまり言わないんですが、私にだけ小さなころから“おい、セミ取り行くぞ。焼きそば食うぞ。肉を食え!”と言っていました」
――(笑)。格言的なことを言われることは。
「お父さんからの言葉はいっぱいあります。“泣くな。舐められるな”とか。あと“群れるんだったら、先頭に行って一番前に立て。そして謙虚にいろ”と。毎日言われていましたね」