東京都北区出身。1995年に『おしろい花』で演歌歌手としてデビューして以来、“ご当地ソングの女王”として、これまでに170曲を超えるご当地ソングを歌い続けてきた水森かおり。2003年の『鳥取砂丘』の大ヒットで『NHK紅白歌合戦』に初出場を果たし、以降、実に23年連続出場という偉業を成し遂げている。
常に笑顔で全国に歌の便りを届ける彼女だが、その道のりは決して平坦なものではなかった。「歌手をやめる覚悟」で挑んだどん底の時代から、女王と呼ばれる現在に至るまでの、水森かおりの“THE CHANGE”に迫るーー。【第2回/全2回】
夏が過ぎる頃には、違うレコード会社の方から、「水森かおり、いいね」「来てるね」と言われはじめ、冬の声がすぐそこまで迫ってきた頃には、「今年は、紅白、行けるんじゃないの?」という声が聞こえてくるようにもなりました。
NHK紅白歌合戦――。
そのステージに立つことは、歌手になる前からの夢でした。雑誌のインタビューなどでも、「夢は紅白出場です」と言ってきました。でも、それは遥か遠くにあって、私の手には届かないところにある夢のまた夢でした。
頑張れば、そこに手が届くかもしれない……。本当の意味で、紅白歌合戦を意識したのは、このときだったような気がします。
結局、『東尋坊』で紅白に出るという夢はかないませんでしたが、私の中で、何かが大きく動いたのは間違いありません。
夢から目標へと変わった紅白に出場することができたのは、翌年に発売した『鳥取砂丘』です。
人は、緊張がマックスを突き抜けると、逆に冷静になるのかもしれません(笑)。ステージ袖にいる自分。大階段を降りていく自分。目の前に広がる景色……そのすべてをはっきりと覚えています。
それから、毎年、「今年が最後かもしれない」と、すべてのシーンを心に刻み込み続けて、23年。これまで28の観光大使を拝命した私の今年の勝負曲は、昨年、たくさんの方にカラオケで歌っていただいた『大阪恋しずく』と対になる『恋の終わりの名古屋にひとり』(3月31日発売)。好きな人と別れた大人の女性の切なさを歌った歌です。
目指すのは、今年も紅白歌合戦のステージに立たせていただけるよう、全力で頑張ること。