「私にもまだ運があるのかな」名門富士急行から届いたスケートへの誘い
岡崎さんは自身の成績を見て「メダルを取れるような選手ではなかった」と振り返る。
「私は女子校でしたが、共学のライバルたちは男子の力も借りながらハイスピード練習ができて、うらやましいなと思っていました。インターハイの結果は最高4位で、『自分は自身の能力を半分も出しきれていないんじゃないか』と感じたこともありましたね」
そんなときだった。高校2年生のときに釧路で開催された「全日本スプリント選手権」に、出場はできなかったものの試合後の練習に参加した。その練習風景を富士急行スケート部の監督だった長田照正さんが見ていたのだ。
「私たちの練習を見てくれていて『あいつは誰だ』となったそうなんです。翌日、リンクの周りを走っていると声をかけてくれて。私を探し当ててくれたんです。それで『これからどうするんだ』と聞かれました」
岐路に立たされていたタイミングでの名門実業団からのスカウトに、岡崎さんは「私にもまだ運があるのかな」と素直に喜んだという。
「富士急行は山梨県にあり、地元・北海道を離れなきゃいけなかった。でも、富士急行は橋本聖子さんが所属していらっしゃったり、ほかにも五輪選手を何人も輩出している、名門の実業団。追い求めるものが目の前に現れたのだから、断る理由はありませんでした。ものすごくレベルの高い場所で自分の力を試せるのなら、もしダメだったとしても納得がいくかなって」
ーー声をかけられた時点ですぐに、「スケートを続ける」に舵を切ったんですね。
「そうですね。もうちょっとスケートを極めたいと思いました。まだまだやれることはいっぱいあるなと、チャレンジしたいなと」
ーー監督は岡崎さんのどんなところに目をつけたのだと思いますか。
「昔、陸上をやっていたので、スタート音の反応がよくスプリントダッシュはできていて、体重が重くても走れていたんです。ハムストリングも凄く発達してましたので太ももにも興味があったらしく、そういうものを練習の中で見つけてくれたらしいです。
当時は『とりあえず食べろ』と言われてどんぶり飯を食べていたんです。もちろん体重が増えますが、その分筋肉も増えるんですね。のちに監督は『岡崎は脂肪もあるけど、キツイトレーニングをして徐々に絞っていき、脂肪が筋肉に変わっていく状態になれれば、モノになるんじゃないか』と言っていました」