夢を持たなかった理由「心理的なガードもあった」

 就職活動のときにエントリーしていた業界は出版以外にも、IT、サービス業、商社など多岐に渡っていたという。

「就活の軸がなさすぎてどこにエントリーしていいかもわからなかったので、某テーマパークにスポンサードしている会社を1個ずつ順番に受けてみようかな………とか、そんな感じでした(笑)。今思うと、それって心理的なガードもあったと思うんです。『これなりたい!』と思ってなれなかったらつらいじゃないですか。希望したってどうせ叶わないでしょ、みたいな感覚があったのかな。周りには夢ある人もいたので、そういう人が、羨ましいなと思っていましたね」

 出版社に入り、最初に『月刊少年ジャンプ』を担当。その後『ジャンプSQ』へ。初期のころはどんな思いを抱いていたのだろうか。

「最初に思ったのは、何かアナログな会社だなと(笑)。漫画ってけっこうアナログで作っているんだ、ラフは手描きなのか、と思った記憶がありますね。当時を振り返ると、若いときは、とりあえず社長になる、と思っていたんですよ。それだけだったので、新人時代はふわふわ生きていました。今もそういうところがあるので、そんなに変わってない気もしますけど(笑)」

――そんな林さんにとっての人生の“CHANGE”、転換点というと?

「難しいですね…………。何かが急展開するような人生じゃないんです。就職した会社で経験を積んで、その繰り返しな感じがするので…」

 ご自身なりのこういう形でやっていけばうまくいく、という気づきや発見があったのはいつ頃なのだろう。

「気づき、というわけではないかもしれませんが、2、3年目くらいに、若い作家さんと二人三脚でいくつか作品を作ったときに手応えがあって。その頃から仕事が楽しくなってきたなという実感はありました。その後は、徐々に作家さんとの関係も密になっていって、『仕事が楽しいな』と思いながら続けていました。だからといって、そこが大きな転機だったかというと、そういう感じでもなくて……。改めて考えると、“CHANGE”と呼べるものって、生まれたことくらいになっちゃうんですよね(笑)。めちゃくちゃさかのぼることになりますけど。」

林士平 撮影/河村正和