僕が芝居と趣味のギターに最初に触れたのは、釧路の高校に通っている頃でした

 生まれて10日後に父が亡くなりまして、まだ若い母は姉を連れて実家に戻され、僕は跡継ぎとして祖父母のもとに残りました。だいぶかわいがられて育てられましたね(笑)。

 その後、家庭の事情で釧路に引っ越したんです。僕が芝居と趣味のギターに最初に触れたのは、釧路の高校に通っている頃でした。

 最初は、芝居よりギターにひかれたんです。あるとき、学校でどこかから音楽が聴こえてきました。国語の先生が弾くギターの音色でした。じっくり聴かせてもらううちに、ギターという楽器に魅せられたわけです。「おまえもやってみるか」となって、その先生からレッスンを受けることになりました。最初は3000円のギターでした。

 先生に勧められて、夏休みには専門的に教えてくれる方のところに通いました。その方が弾いているのは、細い弦のクラシックギター。僕がフラメンコギターを弾くようになったのは、それがきっかけです。

 芝居に興味を持ったのも、その国語の先生の影響です。先生は演劇部の顧問をしていたので、放課後はまず演劇の指導があって、僕のギター講習はそれが終わるまで待たされたんです。待ち時間に、演劇部の様子を見て、“芝居っていいもんだな”と思ったんですね。

 大学に進学し上京した僕は、芝居の学校に通います。そこで、「東宝がニューフェイスを募集しているから受けてみないか」と勧められたので受けてみたところ、運よく受かったんですよ。1万3000人の応募があって、合格者は女が6人、男が4人。それが俳優としての第一歩でした。1966年のことです。

 ニューフェイスには半年間の養成期間があり、東宝俳優養成所に入りました。ところが、最初の3か月は真面目に通っていたものの……お恥ずかしい話ですが、だんだんレッスンが面倒くさくなって、サボるようになってしまいます。

伊吹吾郎(いぶき・ごろう)
1946年1月2日、北海道生まれ。俳優。大学在学中の1966年、第7期東宝ニューフェイスに合格し、東宝俳優養成所に入所。68年にフリーとなり、翌年に時代劇『無用ノ介』(日本テレビ系)の主役に抜擢される。同年、新国劇入りし、映画では東映と契約を結ぶと以後、多くの任侠映画、時代劇などに出演。テレビでは『必殺仕事人』(テレビ朝日系)、『水戸黄門』(TBS系)、『侍戦隊シンケンジャー』(テレビ朝日系)、『環境野郎Dチーム』(フジテレビ系)、『すイエんサー』(Eテレ)など、時代劇からバラエティ番組まで幅広く活躍。フラメンコギター演奏はプロレベルの腕前だ。