コロナ禍でアフレコ現場が一変…日常が変わって自分も激変

「30歳も過ぎ、デビューして20年近く経つ中で、やってみたいことは全部やったかなと思っていたんですが、コロナ禍で考えが変わったんです。収録もみんなでできなくなったし、“当たり前”が当たり前じゃなくなった。その時に、“現状維持”って実はちょっとずつ後ろに下がっていってるんだなと……。
『このままじゃ私、消えてしまうかも』という言葉にできない恐怖のような感覚になり、そこで自分の未来を考えたら『もっと色々挑戦していかないといけない!』とCHANGEしました。
 思い起こせば、子どもの頃『声優になりたい』と思った時は、やれる・やれないじゃなく『やりたい』という感情だけで動いていた。あの時の気持ちをもう一度取り戻さなきゃと思わされたのがコロナ禍でした」

 パンデミックは、井口さんの心に、再び情熱の火を灯した。

「オーディションに落ちても、いつの間にか自分が傷つかないようにする癖がついていたんです。でも、それでは何も広がらない。ちゃんと悔しさを受け止めて、自分が落ちた作品を見て、他の方のお芝居にもきちんと心を動かすところから始めていきました。
 13歳から声優をやらせてもらい、仕事があって当たり前に感じていたことを反省し、ワクワクするモノにもっと意欲的にアンテナを立て直したいと思って──そんな時に出会えたお仕事の1つがグラビアでした」

──元々、声優は顔を出さないお仕事ですが、水着や下着に躊躇はなかったんですか?

「グラビア好きとして見る側の気持ちが分かるから、そこに抵抗はなくて。むしろ、せっかくならやれるところまでやりたいと、2nd写真集の時には女性マネージャーが『出し過ぎです!』っていうくらい、イケイケどんどんでした(笑)。
 でも、別に体に自信があったわけではないんです。トレーニングしてきたという“事実”は持ってるな、というだけでした」

井口裕香 撮影/松島豊