80年代からピン芸人として第一線を走り続けてきた山田邦子さんが、乳がんだと診断されたのは46歳の時だった。「私、死ぬの?」—— “元気印”だった山田さんの価値観がCHANGEしたできごととは。【第3回/全3回】

山田邦子 撮影/河村正和

 がんを経験すると、人生の見え方がいろいろ変わります。あと誕生日ケーキは何回食べられるのかな、あとおせち料理何回作れるかな、旅行はあと何回行けるかなど……。それまでは桜が咲いても「桜の季節だな」ぐらいしか思わなかったけど、じっくり見るようになったし、それまでこだわりのなかったコスメも新色が楽しみになりました。「今」を楽しむようになったのです。

 手術してから来年で20年。随分元気になったと思います。やりたいことはまだまだあって、今年は船の中でのショーにトライしました。5000人ぐらい乗れる豪華客船のなかに1000人入るシアターがあって、1日4回、45分間のショーを一人でやるんです。

 1時間休んだらまた次、休んだら次で、さすがに4回目はかなりヘロヘロでしたが、キツくてもできるということはわかった。ネタだけではなく、歌ったりもしますが、ワンマンショーなので、衣装の早替えなども楽しんでいただくために、場つなぎのおもしろVTRを初めて作ってみたら、意外とウケた。新しいやり方を試すのは楽しいですね。

 あとは、2024年に会長となった日本喜劇人協会を形づけるミッションがあります。食えてないのに面白いヤツらって、びっくりするぐらいたくさんいるんですよ。そういう後輩たちがコンスタントに収入が得られる仕組みを作りたい。とはいえ、後輩が多すぎる(笑)。