初めての作品がまた次のチャンスへつながる

 秘書の仕事は「一生続けられるような感じではなかった」と自覚していた原田さんは、前述のとおりフリーライターの学校に通い始めたのである。

「そのあとすぐに帯広に来ることになったので、じっくり学べなくて。でも北海道に来てからも、ずっとなんとなく頭の中にあったんですよね。それで、当時は黎明(れいめい)期だったインターネットで『元シナリオライターが教える、シナリオの書き方』みたいなホームページに行き着いて。それを読みながらシナリオを書いてみたんです」

 初めての作品をフジテレビ主催のヤングシナリオ大賞に応募した。すると、初めてにしていきなり最終選考に残ったのだ。これまで蓄積された読書歴の存在を、背景に感じざるを得ない。

「その3年後、東京に戻ることになって。ちょうど同じタイミングでフジテレビさんからご連絡をいただいたんです。“ここ何年かで最終選考に残った人に声をかけているんです。うちに企画を出してみませんか?”と。またそれから数年後、今度はラジオドラマのシナリオ『リトルプリンセス2号』でNHKさんから賞をいただいたりして、NHKさんとつながりができて。さらにTBSさんの子会社とつながり、企画会議に出るようになりました」

 読書好きの専業主婦の人生を一変させたのは、図書館の妖精であったかもしれないし、夫の言葉かもしれないが、そられと比べものにならないほど大きな要因は、原田さん自身の「書きたい」というエネルギーであることには、間違いない。

原田ひ香(はらだ・ひか)
1970年生まれ、神奈川県出身。’05年、『リトルプリンセス2号』で第34回NHK創作ラジオドラマ大賞受賞。’07年、『はじまらないティータイム』(集英社)で第31回すばる文学賞を受賞。’18年に上梓した『三千円の使いかた』(中央公論新社)がロングヒットを記録し、’22年時点で累計発行部数90万部を超え、’23年に第4回宮崎本大賞を受賞した。最新作は、定食屋を舞台にした心に染みる人間物語『定食屋「雑」』(双葉社)。

●新刊情報
『定食屋「雑」』
真面目でしっかり者の沙也加は、丁寧な暮らしで生活を彩り、健康的な手料理で夫を支えていたある日、突然夫から離婚を切り出される。理由を隠す夫の浮気を疑い、頻繁に夫が立ち寄る定食屋「雑」を偵察することに。大雑把で濃い味付けの料理を出すその店には、愛想のない接客で一人店を切り盛りする老女〝ぞうさん〟がいた。沙也加はひょんなことから、この定食屋「雑」でアルバイトをすることになり——。個性も年齢も立場も違う女たちが、それぞれの明日を切り開く勇気に胸を打たれる。ベストセラー作家が贈る心温まる定食屋物語。