自分が体験した“気持ち悪さ”をみんなと共有したい

 雨穴さんは、約束の17時ピッタリに取材用のチャットルームに入室した。カメラ機能をオフにした真っ黒な画面の向こうから、「よろしくお願いします」と、挨拶の声が聞こえてくる。こうして、素性を一切明かさない覆面作家・雨穴さんのインタビューが始まった。

 雨穴さんが2022年に出版した『変な絵』は、9枚の奇妙な絵を題材に展開していく、新感覚のスケッチミステリーだ。第1章の“風に立つ女の絵”をはじめ、作中には、異様な雰囲気を漂わせる「何かがおかしい絵」が次々と登場する。

「私の作品づくりの原動力は、かつて自分が体験した“気持ち悪さ”をみんなと共有したいという気持ちです。見てはいけないものをつい見てしまった、気味が悪いと思いつつも目が離せない、そういった不安な感情を引き出して、ホラー作品としていかに楽しんでもらうか。そこに注力して、『変な絵』を執筆しました」

――かつて自分が体験した“気持ち悪さ”とは、たとえば、幽霊を見たとか?

「いえ。私は霊感がまったくないので、そういった体験はありませんし、そもそも人一倍怖がりなので、幽霊に出会いたくないです。

 それよりも、不気味なものを目の当たりにしたときの生理的な嫌悪感に惹かれます。たとえば、グロテスクな昆虫を見かけたときとか、奇妙なモンスターが出てくるホラー映画を見たときとか、そういった瞬間に感じた、ゾクッとする“気持ち悪さ”を作品で表現して、みんなと共有したいと思っています。

 その点でいうと、実は、私が“雨穴”として活動するきっかけになった……、つまり人生においてひとつの転機となった作品があります」

雨穴が衝撃を受けた見開きページ

――雨穴さんの人生を変えた作品とは?

週刊少年ジャンプの人気漫画、冨樫義博先生の『HUNTER×HUNTER』(集英社)です。全編を通して好きな作品ですが、特に、最新章の“暗黒大陸編”に感動しました。物語の舞台が未知の世界である暗黒大陸へ移る、そんなワクワクするストーリーなんですが、その章の冒頭に、これまで一切明かされなかった暗黒大陸がドーンと見開きページで描かれた場面が出てくるんです。そのページを見たときの衝撃は、今でも忘れられません。

 捕食中の巨大モンスターがいたり、古代の昆虫のようなモンスターが飛びまわっていたり、グロテスクな植物が生えていたり、ページいっぱいに不気味な生物がいる。そして、その背後には、今まで見たことがない未知の大陸が広がっている。それを見て、ワクワクするような好奇心と、ゾクッとするような気持ち悪さを同時に感じました。そして、“そうだ!自分はこういうものが好きだったんだ!”と思い出したんです」

――なるほど。

「その暗黒大陸のページを見た約1年後に、私は“雨穴”として活動を始めました。なので、『HUNTER×HUNTER』は、私が創作活動を始めるきっかけとなった作品のひとつと言えます。今でも、あのページのような、気持ち悪いけど目が離せないと思わせる作品をつくろうという目標を持っています」