育児と作家を並行させる日々に「ぼろぼろになっていました」
金原さんは芥川賞を受賞した翌年の‘04年に結婚、’07年に長女を出産した。’11年、次女を出産する直前に東日本大震災が起こり、父親の実家がある岡山県に一時避難、結局はそこで次女を出産することになった。さらにその後、子どもたちを連れてフランスに6年にわたって移住した。
「消極的選択をしてきたわりには、いろいろなことがありました。私にとって、書くことは人生の中で最優先順位だと思っていたけど、育児中は目の前の小さな命を最優先させなければならないことの方が多くて。それでも書かないわけにはいかない。子どもが小さいうちは、いま思えばよくそんな体の使い方ができたなと思うくらい、ぼろぼろになっていましたね。時間を無理やりゴリゴリ絞り出して小説を書いてました。よくそんな体力があったなと思います」
育児や家事は身体で覚える部分も大きいが、小説は頭と感性をフル回転させる作業。書いていないときもセンサーは働き続けているという。
「“この感情、この感覚はいつか小説に生かしたい”とか、“あ、この光景はいま書いている小説に入れたい”とか。知らないうちに頭や五感が小説に向いています。多分両輪で、小説世界と現実社会の両方に足をかけて生きているんです。どちらかだけではバランスが悪すぎて落下してしまうから、両方を同じくらい必死に回してるんです」
常にヒリヒリした物語を、リアルな人間像に乗せて書いてきた。自身の心の持って行き場を探していたのかもしれない。日常の多忙さにかまけて、万が一書かずにいたら……。
「爆発していたと思います。内側から木っ端みじんになって、元がわからないほどに」
金原さんは笑ってそう言った。
金原ひとみ(かねはら・ひとみ)
作家。1983年生まれ、東京都出身。2003年『蛇にピアス』(集英社)ですばる文学賞受賞。翌年、同作で芥川賞受賞。’10年、小説『トリップ・トラップ』(KADOKAWA)で織田作之助賞、’12年、『マザーズ』でBunkamuraドゥマゴ文学賞を受賞など、あまたの文学賞を受賞。’12年から2女を連れてフランスに移住、’18年に帰国。今回、初の試みとしてオーディオファースト作品『ナチュラルボーンチキン』を書き下ろした。
『ナチュラルボーンチキン』
配信日:5月17日(金)
著者:金原ひとみ
ナレーター:日笠陽子
配信URL:https://www.audible.co.jp/pd/B0D33K53SM
あらすじ:仕事と動画とご飯のルーティン生活を送る、45歳一人暮らしの労務課勤務・浜野文乃(はまのあやの)。趣味も友達もなくそれで充足した人生を歩む浜野は、ある日上司の命令で、在宅勤務ばかりで出社しない編集部の平木直理(ひらきなおり)の家へ行くことになるのだったが、その散らかった部屋には、ホストクラブの高額レシートの束と、シャンパングラスに生ハム、そして仕事用のiPadが転がっていて──。 金原ひとみが贈る、中年版「君たちはどう生きるか」。