弟が1年生のときに6年生だったジュンスカ「“東京の高校生は、オリジナル曲をやってるのか!”って、驚きました」
「お気に入りのブルースのレコードをかけながら“これ、いいだろ?”と言って、レコードを10枚くらい貸してくれたんです。そのときは僕の連絡先も知らなくて、返してもらえるかどうかなんて保証もないのにね。音楽が好きというだけで信じ合えるんです。そんな奇跡みたいなことが起きたのも、下北という街に住んでいたからなんです。ヒロト君に出会う前に、メンバーとブルーハーツのライブをラママ(渋谷にあるライブハウス)でみていて、もう、衝撃でしたね。
おそらく2年もいなかったと思うけど、下北に住んだことで“ようやく東京に来たんだな”って、実感できました。一番思い出深いですし、いろいろなことが僕の中で変わった。すごく密度の濃い時間を過ごしました」
そんな寺岡さんのドラマチックな青春は、ここからさらに劇的に転換していくことになる。というのも、この約1年後、寺岡さんはジュンスカのベーシストとしてデビューすることになるからだ。それもまた特大級の“THE CHANGE”に他ならない。
「もともと弟が、東京で全寮制の中高一貫校に通っていて、中学1年を1年生、高校3年を6年生と呼んでいました。弟が1年生のとき、6年生だったのがジュンスカのメンバーだったんです。弟が休みで広島に帰省するたび、アマチュアバンドのカセットテープを聞かせてくれたのですが、高校生の僕は“東京の高校生は、オリジナル曲をやってるのか!”って、ものすごく驚きましたね」