まともに弾けない、曲もろくに作れない「現実から目を背けず、生き残るすべを模索し始めた」
実力の差に愕然とした寺岡さん。しかし、彼の真価はここから発揮されていくことになる。
「自分の力量、地力のなさは十分わかっていたから、長く活動を続けるためにはどうしたらいいかと頭を切り替えたんです。まともに弾けない、曲もろくに作れないという現実から目を背けず、生き残るすべを模索し始めました。
一方で、矛盾するかもしれませんが、そんな自分がやってこられたのは、すでにデビューしていたからでもあるんです。デビューから3年ほどして本格的に曲作りを始めたときも、(実践で)お客さんにすぐ聞いてもらえるという環境は幸運でしたし、つたない曲でも、ファンの皆さんは温かく受け入れてくれました。
もし、これがデビュー前だったら、デモテープを送っては落ちる……を繰り返していたでしょう。バンドという器や、ファンがいてくれる状況は、本当に恵まれていたと思います」
※本人のインスタグラム@yohitoteraokaより
寺岡さんは、曲作りのノウハウを磨くだけでは飽き足らず、新たな能力も身に着ける努力を始めた。
「当時はピアノが弾けなかったので、小型の電子ピアノを買って、仕事が終わってから毎日ひたすら練習しました。練習用に買ったスコア(楽譜)はユーミン(松任谷由実)さん。ユーミンさんの大ファンでしたから、彼女の曲なら練習も楽しめると考えたんです。22歳のころです」