1985年、『白いバスケット・シューズ』でアイドル歌手としてデビューし、“みっちょん”の愛称で親しまれた芳本美代子。昨年デビュー40周年を迎えて音楽活動を本格的に再開し、現在は俳優、歌手、大学教授などいくつもの肩書きで活躍を続ける彼女のTHE CHANGEとは――。【第2回/全2回】
――芳本さんは山口県出身ですが、テイチクレコード(現・テイチクエンタテインメント)の福岡営業所のスカウトから上京して準備を始めたんでしょうか。
「そうですね。所属事務所は当時、篠ひろ子さん、岸本加世子さん、石川秀美さんがいらした芸映に決まって、高校1年の夏に上京しました。
デビュー曲は松本隆先生が作詞をしてくださったんですが、初めてご挨拶をさせていただいたとき、私がコンバースのバッシュを履いていたことが『白いバスケット・シューズ』につながったようです」
――愛称の“みっちょん”は、もともと、そう呼ばれていたんですか?
「友達からは『美代ちゃん』と呼ばれていました。みっちょんはテイチクさんの命名だったんですけど、響きがかわいいし、今でも通じるほど定着しているのは、すごいことですよね。
私は23年から大阪芸術大学短期大学部で身体表現コースを担当しているんですが、親御さんから私のことを聞いたらしくて、学生からは“みっちょん先生”と呼ばれています(笑)」
――みっちょん先生(笑)がデビューした85年は、中山美穂、斉藤由貴、南野陽子、浅香唯、本田美奈子、おニャン子クラブなど、アイドル豊作の年でした。
「事務所やレコード会社が一人のアイドルに力を入れて新人賞を目指す、ほぼ最後の世代だったと思います。その後はドラマやバラエティなど、歌以外の領域で活躍する人が増えていきましたから。
私は歌が中心でしたが、デビュー後は各テレビ局やラジオ局へのご挨拶、レコード店などを回るキャンペーン、地方のイベントや雑誌の取材など、すぐに忙しくなり、レコーディングは夜中にしていました」