大抜擢も当初は「うわぁ、嫌だなぁ……」
「美空ひばりさんの『お祭りマンボ』も歌うんですが……私は生まれが神田明神近辺だから、『お祭りマンボ』の“ちゃきちゃきの江戸っ子”っていう雰囲気がすごく好きなんです。
父は刀剣金具の職人で、どうしても跡継ぎで男の子が欲しかったけど、生まれたのは“男の子みたいな女の子”だったって言っていました(笑)」
“男の子みたいな女の子”──のちに男役トップとなることを運命づけられていたかのような麻実さんは、1968年に宝塚音楽学校に入学。宝塚歌劇団に入団するためにまず受からないといけない、言わずと知れた狭き門だが、どのようなきっかけで受験したのだろうか。
「私はね、宝塚を全然知らないで入ったんです(笑)。三姉妹なのですが、一番上の姉が宝塚のファンで、それで私に“受けてみたら?”って声を掛けた。多分、妹に夢を託したかったんじゃないですかね。
クラシックバレエは幼少の頃から習っていたので、踊りは問題なかった。でも受験では歌唱審査で課題曲と新曲を歌わなければならないので、歌唱だけ先生に見てもらいました」
きっかけこそひょんなことだったが、のちに男役トップスターとして頭角を現した麻実さん。その潜在能力を見抜いていたのか、東京会場での試験は首席で合格したという。宝塚ファンにとってはおなじみの新人公演(注:本公演ではトップスターやベテランが出演する正式公演の演目を新人が演じる)も、主役に抜擢。入団3年目の主役は、当時としては新記録だった。
しかし、麻実さんにとっては重圧だったという。
「今でも覚えているのですが、『花の若武者-弁慶と牛若-』という作品で、鳳蘭さん(元星組トップスター)の代役に就いたんです。代役ということは、新人公演でも大きなお役をいただくということですから、その時は“うわぁ、嫌だなぁ……”“大変だろうな”と感じたものです(苦笑)」