宝塚歌劇団でのトップスター時代、都会的なエンターテイナーぶりで時代を築いた真琴つばささん。その後もアーティスト・俳優と歩み25年、憧れの先輩や仲間と日本武道館で歌う機会を得た。品川のお祭りで育ち、宝塚を志して歌にバラエティにと、華麗でしなやかに駆けてきた人生のCHANGEを聞いた。【第2回/全2回】

真琴つばさ 撮影/松野葉子

 1997年5月から2001年7月まで月組トップスターを務め、その間にも中国公演や『THE 夜もヒッパレ』(日本テレビ系)ほかテレビ出演を経験するなど、宝塚の広告塔的存在でもあった真琴さん。退団から四半世紀が経つが、現在につながる道は退団の半年前にリリースしたシングル『EDEN〜黄昏はなにも言ってくれない』にあったという。

「avexさんから出させていただいたそのCDがオリコンで35位になったんですが、MVもないので、テレビのランキング紹介になるとジャケット写真だけが映っていて。それが、私にとってはほとんど1位を獲ったも同然くらいの思い出です(笑)。
 退団後、“MVを作りませんか”というお話をいただいたのですが、音楽活動なら“またコンサートがやりたい”とお願いしてみました。ショーも好きだったので、もっと歌ってみたかったんです」

──コンサートはその後、どんな経緯で実現したのでしょうか。

「音楽関係の方にも相談してみたら、7月に1日だけ空いている会場があったんです。リハーサルも時間が限られていたので、音響や照明スタッフさんの仕込みの声が飛び交っていた中でダンスの位置決めをしたのが忘れられません」