「“福田が来るとテレビ局の免許がとれるぞ”って、いろいろ引き合いが来た」幸先は順風満帆に見えたが、予期せぬ落とし穴が待っていた

「この“ノウハウを知っている”というのが業界の人に知れわたって、“福田が来るとテレビ局の免許がとれるぞ”って、いろいろ引き合いが来たんですけど、簡単に言えば、植村さんの息子さんとケンカして辞めたっていうことで、業界で出禁になって干されていたんですよ。だから、何社も決まりそうな直前で流れたり……っていうのがあって、要するに、外資系の企業でないと僕を雇えなかったんですよね。それでその後ソニー・ピクチャーズエンタテインメントに決まった、っていう流れだったんです」

 仕事が決まるまでの2年間は、どのような日々だったのだろうか。

「とにかく仕事がないわけだから、家族がいるのに、給料は入らないでしょ。それも結構いい家を建てたんですよ。屋上にカンヌから空輸したすごいプールとか作っちゃって(笑)。
 貯金も400万ぐらいあったんですけど、みるみる減っていくんです。これはまずいと。でも好いてくれる先輩もいて、毎晩いろいろな食事に呼んでくださっていましたね。そこで余った食べ物をうちに持ち帰ってたりもしてました(笑)」