夫を説得するために目指した“できる限りいい妻“

「なによりも衝撃だったのは、抜群の容姿を持ち、歌もダンスも素晴らしく上手な人たちが、その他大勢のオーディションにすらなかなか受からないという現実でした。なのに、何もできない私が、大きな舞台で準主役をいただいているというのに、どうするか迷っている。そんなもったいない、失礼なことがあるだろうかと思いました」

 正直に言うと、女優はやりたくてはじめたわけではなかった。声をかけてもらったからドラマに出たし、妊娠したらキッパリやめようとずっと思ってきた。ところが……。

「すごくシンプルに『女優を続けたい。もっともっとやりたい』という思いがフツフツとわき上がってきたのです」

 そこで紅葉は作戦を立てた。

「年末年始の2ヶ月間、夫をほったらかしにしても『紅葉とは別れたくない』と思ってもらえるように、できる限りいい妻をやることにしました。ホームパーティーではみなさんが楽しんでくださるように精一杯おもてなしをしましたし、夫の母がアメリカにいらしたときは、希望を100%叶えて差し上げました」

 その結果、夫は彼女が日本で舞台に立つことに賛成し、なんと観に来てくれたのだという。

「私が舞台に登場すると拍手がおき、お客さまが笑ってくださる。終演後の楽屋では、誰もが口々に『良かった』とおっしゃる。『君はそんな仕事をしているんだね。何より、これほど生き生きとしている君は初めて見たから、応援するよ』と言ってくれたんです。私自身も『世の中にこんなにも楽しいことがあったのか!』という思いでしたね」

 もしあのとき、夫のニューヨーク転勤がなかったら……。

「きっと『舞台は気が進まないけど、オファーをもらったから』という気持ちのままやって、みなさんにご迷惑をかけまくったでしょうし、お芝居の本当の面白さを知らないまま女優をやっていたと思います。というか、続けることすらできなかったかもしれません」

山村紅葉 撮影/冨田望