「9頭身ビンボー女優」として知られる緑川静香さん。16歳のときにモデルとして芸能界デビューした彼女、「すぐ泣いちゃうので……」という理由で、先に撮影をすませてからのインタビューとなりました。涙なしでは聞けない過酷な貧乏生活から、得意のフリマアプリの有効な活用法まで、赤裸々に語ってもらいました!【第1回/全2回】
――テレビ番組では、幼少期に大変な苦労されたと話されています。
そうなんです。5歳のときに父親がいなくなってしまって、それ以来、3畳の物置部屋を借りて家族3人で暮らしました。そんな生活は高校3年生まで続きます。もう、先天性の貧乏なんです!
――ご飯は、どうされていたのですか?
公園の雑草とスーパーの試食……とかですかね。
――なかなかヘビーですよね。
本当に底辺すぎたので、もう上を見るしかなかったんです。だから、大変とか思っている暇もなかった。とにかく、あるものを食べて、生き抜くしかないって思っていたんです。
――そもそも、どの雑草なら食べられるのかって、分かるものなんですか?
分からなかったです。母に聞いたら、「日光には殺菌作用があるから、とにかく草を取ったら手で掲げて」って言われて(笑)。それで、自分の手が熱くなったら食べ頃のサインみたいなことを教えてもらいました。私は、それを信じていたんです。今から考えれば、絶対に間違っていますよね(笑)。
――お母さんもたくましいし、緑川さんもたくましい。
母はとても明るくて、とにかくポジティブなんです。そこは楽しかった。そんな性格に、私も引っ張られてポジティブになって。図太くなったし、孤独にも強くなったと思います。
――学校では友達もいたと思いますし、遊ぶこともあったと思いますが。
私が、お友達の家に行く形になります。そこでは、とてもお世話になりました。家族の団らんの中に入れてもらい、ご飯もいっぱい食べさせていただいて。私の家は、下校しても母は働いていて家にいなかったので、家族の団らんってなかったんです。とても感動したのを覚えています。
――逆に、友達を自分の家に呼んだことは……。
絶対にバレたくなかったんですよ。私の家は学校から一番遠かったので、なるべく家の場所も知られないようにしていました。
――それはつらいですよね。ただ学校での会話の中から、「今度、遊びに行っていい?」って言われることもあったのでは?
そんなときは、うまく切り抜けていましたね。「お母さんが働いているから、家に呼べないの」とか言って。