42歳でお笑い芸人としてデビューした「元官僚芸人まつもと」こと松本昌平さんは、霞が関でキャリア官僚として働いたのち、民間コンサル会社への転職を経て芸人になった異色の経歴の持ち主だ。その経歴を生かした時事ネタを得意とし、M-1グランプリ2025では3回戦進出を果たした。誰もが羨むような超エリートキャリアから、まったく毛色の異なる笑いの世界に飛び込んだ背景には、どんな心境の「CHANGE」があったのか。【第2回/全3回】
――官僚からコンサルという転身は分かります。最近は東大生の人気就職先も霞が関からコンサルにシフトしていますよね。でも、なぜそこからお笑い芸人になるという決断と挑戦に至ったのでしょうか。
コンサルって、上に行くためには営業ができないといけないんですよ。私、営業がそんなに得意ではなかったんで、40歳くらいになって、この先どうやって生き残っていこうかなって結構いろいろ悩んでたんです。で、その時1つ思ったのが、知名度を高めるってこと。例えば、その業界のちょっと名が知れた人という立ち位置になったら、多少は下駄を履けて営業も有利になるんじゃないかと思って。
じゃあ、どうやって知名度を高めるかと考えた時に、芸人をやってたら意外性があっていいかもって、夜中に突然、酒飲みながら思いついたんですよ。面白そう、やってみようと思って、その翌年ぐらいからお笑いの学校に通い始めたんですけど、めちゃくちゃ厳しくて……。当時思い描いてたのは、本当に絵に描いた餅みたいな感じでした。