僕が巨人でレギュラーになれたのは、運もあった
1年目のシーズンで厳しい練習に耐え抜いていくと、自分でも結構、体力がついてきているなって、少し自信を持てるようになった。同期にはドラフト2位の山本幸二という選手がいて、仲は良かったんだけど、ポジションは同じキャッチャー。だから一緒のメニューをやっていて、こいつに負けたら、絶対にダメだって、とにかく必死だった。ランニングなんか、最初はずっとケツだったけど、2年目のキャンプでは、そうじゃなくなって。コーチからも、「お前強くなったな」って言ってもらえるようになりました。
そして2年目でファームのレギュラーを取ることができたんです。夏にはフレッシュオールスターにも出場しました。このまま頑張ったら俺、野球で飯を食っていけるかもって嬉しかった。1軍にはレギュラーキャッチャーの山倉(和博)さんという大きな壁がありましたが、2番手くらいにはなれるかもしれないなって考えていました。
僕が巨人でレギュラーになれたのは、運もあったと思います。ただね、そうは言ってもガッツだけは自信があった。技術よりも根性(笑)。今では考えられないけど、もう手も足も出る時代(笑)。そうなると、僕も悔しいから、「冗談じゃねえよ」みたいな感じになってね、こっちも燃えてくる。
もちろん、ふてくされた時もありましたよ。そんな時には、「帰るのか?」「やる気ないなら帰った方がいい」ってコーチ陣から檄が飛ぶ。ただ、当時のそんな環境は、僕の気性に合っていたとも思うんです。指導者が厳しかった時代に育ててもらえたことこそが、もっとも運が良かったことかもしれない。
当時のコーチって口も悪かったし、厳しかった。だけど情熱はすごかった。そんな経験から、時代が変わっても、コーチという仕事で一番大事なのは、とにかく情熱だと思っているんです。やり方は昔とは変わるかもしれないけど、指導者には情熱を持ち続けてもらいたいですね。