国際音楽祭への出場を経て『ザ・ベストテン』に出演

「事務所が、音楽番組が盛んになってきたので、そこに出演すればヒットにつながるのではないかと考えたのかもしれませんね。『みずいろの雨』も、テレビに出たことでヒットしました。当時は、尾崎亜美さんや高橋真梨子さん、渡辺真知子さんとも仕事やイベントでよく一緒になりましたよ。同時期のデビューだった竹内まりやさんとも、仕事をご一緒したことがあります」

 八神さんはソロシンガーとして精力的に活動していたが、周りからアイドル的な扱いについてはどのように感じていたのだろうか。

「当時は私の中に、明確な“こうしたい”という意思をしっかり持てていなかったのだと思います。もしそういう意思があれば、テレビ出演は辞めて“コンサートに力をもっと入れたい”と言っていたと思います。私はアマチュア時代がほとんどなかったので、プロデビューするまで、自分のコンサートをしたことが皆無だったんです。ただバンドをバックに歌いたいって気持ちでスタートしていたので、プロ意識はあとからだんだん芽生えていきました」

 八神さんが20歳の時、『みずいろの雨』でブレイクのきっかけとなる『ザ・ベストテン』への出演が決まった。

「ラジオでもリクエストが増えて、ちょっとずつヒットの兆しが見えてきた頃でしたね。なぜか北海道から人気が出たんですが、きっとレコード会社に優秀な宣伝の方がいたのだと思います。ベストテンに出た時のことはすごく覚えています。『今週のスポットライト』というコーナーだったので、すでにランキングされている歌手の方がソファーにいる。その時は、ジュリー(沢田研二)が座っていたのです。 “ジュリーが見ているな”って、緊張しましたね」

 『ザ・ベストテン』名物のコンサート会場からの中継。八神さんもよく覚えているという。

「最近はコンサート制作にも関わっているので、費用が気になるようになった。ベストテンの中継は、順位にはよるのですがアンコールがあってもコンサートが終わっている時間。それを、”中継があるので、お客さんも残ってください“と言って会場を延長して使っていました。1時間ほどは延長していたと思うのですが、その費用はテレビ局が払っていたのかな(笑)」

 笑顔を交えながら、当時の思い出を語ってくれた八神さん。言葉の節々から、歌うのが好きということが伝わってきた。

八神純子(やがみ・じゅんこ)
1958年1月5日生。愛知県出身。シンガーソングライター。高校在学中からコンテストに出演し、1974年『第8回ヤマハポピュラーソングコンテスト』に出場し優秀曲賞に入賞。1978年『思い出は美しすぎて』でプロデビュー。以来、『みずいろの雨』『パープルタウン ~You Oughta Know By Now~』などヒット曲を生みだす。1986年にアメリカに移住。現在も海外と日本を行き来しながら音楽活動を続けている。

『八神純子 キミの街へ 2024 ~Share the moment with you~』
【日時】2024年7月5日(金)16:45開場/17:30開演 
【会場】高崎芸術劇場 大劇場
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