「衝撃的で、戻れなくなった」映画の撮影体験

 しかし永瀬さんをまず引き込んだのは、その世界の華やかさではなかった。

「初めて、自分自身を正当に見てもらえた感じがありました。正当な理由で怒られて、正当な理由で褒められる。まあ、相米監督には誉めてもらったことはないですけど(苦笑)。とにかく、15歳の少年を、そのカテゴリーで見るのではなく、自分という“個”として見てもらえた感覚があったんです」

 そのうえで、映画の撮影という体験をし、「衝撃的で、戻れなくなった」と振り返る。

「家族や親せきは、青春のひとつの思い出として“1本だけならいいよ”と言っていたのに、もう40年もやっています。親不孝者ですよね(苦笑)。そこまで何者でもなかった、ただの田舎の音楽好きのあんちゃんだった僕に、相米監督が映画という世界を見せてくれて、道筋を照らしてくれた。俳優になろう、俳優として生きていこうと思わされちゃったんです」

 自分を“個”として正当に扱ってくれた大人たちは、彼ら自身の姿勢もステキだった。

「たった何秒の一瞬のために、何日も全力をつくす大人たちの姿が、何よりも輝いて見えました」

 スタッフもそうだが、今なお活躍する大先輩の真摯な姿勢もいまだ心に残る。

藤竜也さんの映画への向き合い方もステキで圧倒されました。すごいですよね。今も活躍されていて。本当に刺激になります。現場が好きでやり続けるって、やっぱりすごいことだと思うのですが、僕はその“好き”なものに15歳の時に出会わせてもらった。見つけちゃったのは、本当にラッキーでした」

 1989年にはジム・ジャームッシュ監督の『ミステリー・トレイン』に出演し、91年には山田洋次監督の『息子』で数多くの主演男優賞を獲得。その数年後に公開された林海象監督の『私立探偵 濱マイク』シリーズで、圧倒的な支持を受け、人気を確立した。永瀬さんが映画に出会ってくれて、こちらもラッキーである。

(つづく)

永瀬正敏(ながせ・まさとし)
1966年、7月15日生まれ。宮崎県出身。1983年に相米慎二監督の映画『ションベン・ライダー』でデビュー。ジム・ジャームッシュ監督『ミステリー・トレイン』(89)で主演をつとめて以降、海外映画へも多数出演し、海外でも知られる俳優。また写真家としても活躍する。台湾映画『KANO~1931海の向こうの甲子園~』で、金馬奨で中華圏以外の俳優で初めて主演男優賞にノミネート。アジア人俳優として、『あん』『パターソン』『光』にてカンヌ国際映画祭に初めて3年連続で公式選出された。最新作は安部公房の小説を映画化した『箱男』。『五条霊戦記//GOJOE』(00)、『蜜のあわれ』(16)、『パンク侍、斬られて候』(18)などでも組んできた石井岳龍監督との、27年越しの悲願を実現させた。待機作に『徒花-ADABANA-』がある。

●作品情報
映画『箱男』
監督・脚本:石井岳龍
原作:安部公房
脚本:いながききよたか
出演:永瀬正敏、浅野忠信、白本彩奈/佐藤浩市
製作幹事・配給:ハピネットファントム・スタジオ
https://happinet-phantom.com/hakootoko/