自分が体験した“気持ち悪さ”をみんなと共有したい

 雨穴さんは、約束の17時ピッタリに取材用のチャットルームに入室した。カメラ機能をオフにした真っ黒な画面の向こうから、「よろしくお願いします」と、挨拶の声が聞こえてくる。こうして、素性を一切明かさない覆面作家・雨穴さんのインタビューが始まった。

 雨穴さんが2022年に出版した『変な絵』は、9枚の奇妙な絵を題材に展開していく、新感覚のスケッチミステリーだ。第1章の“風に立つ女の絵”をはじめ、作中には、異様な雰囲気を漂わせる「何かがおかしい絵」が次々と登場する。

「私の作品づくりの原動力は、かつて自分が体験した“気持ち悪さ”をみんなと共有したいという気持ちです。見てはいけないものをつい見てしまった、気味が悪いと思いつつも目が離せない、そういった不安な感情を引き出して、ホラー作品としていかに楽しんでもらうか。そこに注力して、『変な絵』を執筆しました」

――かつて自分が体験した“気持ち悪さ”とは、たとえば、幽霊を見たとか?

「いえ。私は霊感がまったくないので、そういった体験はありませんし、そもそも人一倍怖がりなので、幽霊に出会いたくないです。

 それよりも、不気味なものを目の当たりにしたときの生理的な嫌悪感に惹かれます。たとえば、グロテスクな昆虫を見かけたときとか、奇妙なモンスターが出てくるホラー映画を見たときとか、そういった瞬間に感じた、ゾクッとする“気持ち悪さ”を作品で表現して、みんなと共有したいと思っています。

 その点でいうと、実は、私が“雨穴”として活動するきっかけになった……、つまり人生においてひとつの転機となった作品があります」