「記憶が曖昧になる」は必要
ガビン:僕はちょっと断捨離を考えていたんですよ。あまりにも物が多いし、残すのも家族に迷惑かなと。でも、確かにそうですね。そこにかける時間も有限ですから。それに、NetflixとSpotifyだけでコンテンツは山盛り。あれぐらいなら年金でどうにかなると思うし、これだけ楽しむものがあれば、昔を振り返る時間はないかもしれない。
ひうら:そうですよ!
ガビン:あと、「記憶が曖昧になる」ということもあるのも、あれは必要だからそうなっているんだなと思うようになりました。。
ひうら:忘れたい過去もありますよね。
ガビン:そうそう、記憶が確かであるかどうかって、だんだんどっちでもよくなってくる感覚もあって。うちの父親なんて最近は記憶がなくなるんじゃなくて、捏造がはじまってるんですよね……「うちの先祖は小田原城主に仕えた何某で」って話すんだけど、いやいや、どう考えても違うだろ、と(笑)。でも、そういう願望が彼の中にはあったということなのかな? とか心の中を覗き込む感じも興味深い。
ひうら:欲望が見えるようになるというか。
ガビン:初めて見る父の心の中に驚くんですよ。老化するとキレやすくなる、我慢ができなくなるというけど、それは倫理や良識で抑えてたものが開放される部分もあるのかなと思うと、人間の深層を覗き込んでる気にもなる。
ひうら:私もいつか捏造が始まると思いますね。そもそもがフィクションを形にする職業だから、自分の記憶もフィクションになる気がする。いまは「創っている」と気づいているけど、いつか、それに自分で気づかなくなるかも知れない。老人ホームですごい武勇伝を話すことで有名なおばあさんになったり(笑)。
ガビン:ウェルビーイングには、そういう部分も含まれる気がしますね。ひうらさんの今の話も、健やかな老後だと思うし、様々な老後があってもいいと思いますね。今日はありがとうございました。
ひうら:こちらこそ。私が移住した城崎温泉にも遊びにきてください。
ガビン:ぜひとも。僕も京都に移住したので、また老いと移住についてお話できれば。

ひうらさとる
漫画家。1966年大阪府生まれ。1984年『あなたと朝まで』でデビュー。2004年に連載開始した『ホタルノヒカリ』が大ヒットし、ドラマや映画にと展開。最新作品は『西園寺さんは家事をしない』。旅にまつわるエッセイ本『58歳、旅の湯かげん いいかげん』(扶桑社)も好評。

伊藤ガビン(いとう・がびん)
編集者/京都精華大学メディア表現学部教授
1963年 神奈川県生まれ。学生時代に(株)アスキーの発行するパソコン誌LOGiNにライター/編集者として参加する。1993年にボストーク社を仲間たちと起業。編集的手法を使い、書籍、雑誌のほか、映像、webサイト、広告キャンペーンのディレクション、展覧会のプロデュース、ゲーム制作などを行う。またデザインチームNNNNYをいすたえこなどと組織し、デザインや映像ディレクションなどを行う。主な仕事に「あたらしいたましい」MV(□□□)のディレクション、Redbull Music Academy 2014のPRキャンペーンのクリエイティブディレクションなどがある。また個人としては、201年9あいちトリエンナーレや、2021年東京ビエンナーレなどにインスタレーション作品を発表するなど、現代美術家としても活動。編著書に、『魔窟ちゃん訪問』(アスペクト)、『パラッパラッパー公式ガイドブック』(双葉社)など。現在は京都に在住し、京都精華大学の「メディア表現学部」で新しい表現について、研究・指導している。近年のテーマに自身の「老い」があり、国立長寿医療研究センター『あたまとからだを元気にするMCIハンドブック』の編集ディレクション、日本科学未来館の常設展示「老いパーク」に関わるなど活動範囲を広げている。今春、単著『はじめての老い』(Pヴァイン)を上梓。