日本代表レジェンド岡崎慎司が描くビジョンは、サッカークラブ運営の域を超えている。FCバサラ・マインツ、バサラ兵庫を通じて日本のサッカー界を変革し、最終的には日本代表監督としてワールドカップを制覇する。39歳の“一生ダイビングヘッド”こと魂のストライカーが語る、第二の人生への情熱と使命感への源泉に迫った! (全4回/第4回)。

岡崎慎司 撮影/渡辺航滋(Sony α1使用)

「自分が日本を変えるっていっても、おこがましい」地元・兵庫県から目指す“変革”

 岡崎がFCバサラ・マインツ、FCバサラ兵庫に託している想いは、「次の世代に何を残せるか」というサッカーに携わる者にとって、根本的な問いに集約される。

「僕らが頑張ることで、選択肢が少ない日本の子どもたちが海外に目を向けることができる。そんな“新たな希望”となるチームを作る。プロの選手だけじゃなく、一回サッカーで挫折したとしても、バサラに来て再び挑戦していくみたいなのも、僕らにしかできないサポートではないでしょうか」

 現在、FCバサラ兵庫は関西一部リーグで2位(10月15日現在)。元プロ選手も数名、加わっている。そして、バサラグループのピラミッドにおいて頂点となる存在、岡崎自身が監督を務めるバサラ・マインツはドイツ6部リーグで戦いを続けている。

 海外での豊富な経験を持つ岡崎だからこそ、個人の力で変えられることの限界も理解している。

「海外に出て、“これが理想のサッカーだな”と自分が思ったものを人に伝えたとしても、本当に何人かにしか響かないという現実があります。直接かかわった人ではないと変わらないのです」

 だからこそ、まずは地元の兵庫県から「変革」を始めることにした。

「自分が日本を変えるって言っても、おこがましいことです。どこから変えればいいのかも分からなかった。そういう意味で自分が一番かかわっているのは兵庫県のサッカーの育成なので、兵庫県を変えれば他の県も“なんで、あそこ変わったんだ”と多くの方が思ってくれるんじゃないかなと思ったんです」