声優の能力が通用しない“特殊な現場”「ある意味でアニメ業界の常識を揺さぶるものだったのかもしれません」

ーー『新世紀エヴァンゲリオン』の監督は庵野秀明さんです。何か印象的なやりとりはありましたか?

「TVシリーズのときはスタジオにいる音響監督が、庵野監督含めたスタッフの意見を一本化して演出していったので、直接のやりとりは、あまりなくって。その分、皆さんで方向性などを協議していたからか、われわれ声優陣は待っている時間が長かったんですよ。当時アフレコにそれだけ時間がかかる作品は珍しかったので、声優仲間から『大変なんだって?』と面白半分で聞かれることも多かったですね(笑)」

ーー従来はテンポよく進むものなんですね。

「そうですね。短時間でセリフをつかんで絵に合わせ、芝居するのが声優のひとつの能力ですが、それが通用しない特殊な現場でした」

 庵野監督の細部までこだわった作品づくりに参加するなかで、三石さんは「作品の内容が難しいから、わからないまま進んでいたこともある」と笑顔で振り返る。

「庵野さんをはじめ、クリエイターの皆さんが強いこだわりを持って制作していたからか、次第に収録に絵が間に合わなくなってきて。放送開始日よりもかなり前倒しで収録していたはずなのに、気づけば毎週あった収録日もなくなり、そうこうしているうちにオンエアが始まってしまったんです。このペースで放送に間に合うのかなと不安に思っていたら、アフレコ時に見る映像がだんだん白くなっていって、そのうちコンテの絵自体もなくなってしまい、ボード(セリフを話している人の名前)や線だけを見ながら収録する……という状況でしたね。最後は線画のままオンエアしたんですよね」

ーー戸惑いつつ、収録に挑んでいたですね。
「そうですね。主人公の錯乱した精神状態の表現ともいえますが、そうした状況は、ある意味でアニメ業界の常識を揺さぶるものだったのかもしれません。そんな背景のもと、とてつもない熱量で生み出されたこの作品には、まるでブラックホールのように視聴者を引き寄せるエネルギーがありました。その強い吸引力が、当時の10代の視聴者の心を強く捉えたのだと思います」

 『新世紀エヴァンゲリオン』の作風に明らかな影響を受け、聖書や古文書などを引用しながら、視聴者が考察を楽しめるアニメ作品も次々と登場した。そうした流れについて、三石は「私はわからないまま過ごしていました」と笑って振り返る。

 やがて本作は社会現象と呼ばれる存在となり、さまざまなメディアへと展開。2006年には『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』全四部作の制作が発表され、2021年公開の『シン・エヴァンゲリオン劇場版』をもって、その物語は完結を迎えた。

「まさか、アニメの放送から26年たってからも、ミサトを演じられるとは思いませんでした。『先輩たちもやっているし、私もきっとできるはずだ』と思って、いつしか年齢を追い越してしまっていたミサトに取り組みましたね。加齢していくので仕方がないですが、やっぱり声が変わっちゃっているんです。声のニュアンスは同じなので、お客さんは受け入れてくださったと思いますが、庵野さんからは『エヴァンゲリヲン新劇場版:序(以下、『序』)』の収録のときに『昔はもっとピチピチしていた』と言われました。そりゃそうですよね!(笑)」

ーーそんなことを言われても、と思ってしまいますね(笑)。
「『序』は、庵野さんが実写映画などを経て、株式会社カラーを立ち上げ、その最初の作品として制作されたものでした。私自身も経験を重ね、役者として少しは経験値を積んだという自負があり、それを発揮しようと思っていたのですが、そこで求められたのは“昔のミサト”でした。『シン・エヴァンゲリオン劇場版』の頃になると『声優さんたちが大変そうだから、年齢も実年齢に寄せよう』という流れもあり、14年後の世界として描かれることになったみたいです」

 世界中に熱狂的ファンを擁する作品の背景には、三石さんらベテラン声優陣のエネルギーがあったのだ。

つづく

みついし・ことの
1967年12月8日生まれ、東京都出身。勝田声優学院を経て1989年に声優デビュー。卒業後に劇団あかぺら倶楽部を結成し、舞台での活動も行う。着実にレギュラーやヒロイン役を演じる中、1992年に『美少女戦士セーラームーン』で主人公の月野うさぎ/セーラームーンを、1995年には『新世紀エヴァンゲリオン』で葛城ミサトを演じて国民的声優に。2005年からは『ドラえもん』で野比玉子を担当している。2021年には『リコカツ』(TBS)で初の連ドラレギュラー出演、2024年にはNHK大河ドラマ『光る君へ』に出演、ナレーターとしても活躍の場を広げている。