34歳のときにドラマ『抱きしめたい』(フジテレビ系)などでトレンディ俳優として大ブレイクし、バブル期を象徴するスターとして一時代を築いた石田純一。私生活では1996年の「不倫は文化だ」騒動や、コロナ禍でのバッシングなど、世間の猛烈な逆風を幾度となく浴びてきた。
 しかし、その裏には、バブル崩壊による莫大な借金返済や、いしだ壱成、すみれ、そして東尾理子との間に生まれた子どもたちと向き合う父親としての顔がある。現在は自ら焼肉店やフレンチレストランの店頭に立ち、終電で帰宅する日々を送る石田純一。栄光と挫折、幾多のスキャンダルを乗り越え、72歳を迎えた“平成一のモテ男”が語る波乱万丈な半生と、知られざる“THE CHANGE”に迫る!【第2回/全2回】

石田純一 撮影/河村正和

 再婚はその頃知り合った松原千明さんでした。間もなく長女のすみれ(35)も生まれました。それなのに私のせいで、家庭を壊してしまいました。

 その頃は、ドラマの大ヒットで確かに収入はありました。逆にそれを使う時間がなかった。だから不動産を買ったり、車を買ったりしたのは当時も報じられた通りです。別居を始めた妻には、毎月100万円振り込んでいました。それが見事に失敗したのは、まさにバブル崩壊でしたよね。持っていた不動産が7分の1まで暴落したわけですからね。自己破産するか、我慢して返済していくか。後者を選びましたね、仕方がないと諦めました。

 しかも追いかけるように、私の不倫がニュースになって「不倫は文化だ」と発言したとされました。今でも言われますよ。美輪明宏さんには「あれは名言でしたよ。あれがなかったら、ただの老人俳優でしょ」って。はい、ありがたいですよ。でもね「江戸の大名文化などは、不倫やお妾さんで構成されていました」と言っただけで、自分を正当化したわけではありません。ドイツ人作曲家のワーグナー(幕末〜明治)にしても、自分のスポンサー貴族の奥様と、平気で密通していましたし。でも、それを発言したのは、大人じゃなかったですね。

 すみれに今会うと「私にはパパらしい人がいなかったから、今はパパらしく子どもに接してあげなさいよ」なんて言われて「はい、分かりました」と答えるしかありません。

 再再婚は、東尾理子さんでした。西鉄〜西武の200勝投手で、4歳年上の東尾修さんが義父です。3児に恵まれました。今さらながら家庭生活とは、安らぐものだと本当に思います。下の娘2人は、毎日私が送迎していますが、これを子育てだと自慢はしません。

 長男は中学生になりますが、私と同じく「野球をやりたい」と、「おお私の息子だね」と感激しましたね。理子は「ジジの血を引いたのね」と言いますが。でも私としては、当時は東京高野連のベストナインとして表彰された過去もあるんですね。10打席連続ヒットとか、わずかな自慢もあります。