2002年のドラフト会議で福岡ダイエーホークス(現・福岡ソフトバンクホークス)に入団して以降、22年間にわたり第一線で活躍し続けてきた和田毅さん。ホークスのエース時代にMLBに挑戦し、満足な数字は残せなかったものの、日本球界に復帰して再びの活躍。怪我に悩まされた時期も多く、トミー・ジョン手術も受けるなど、紆余曲折の人生を送ってきた。今回は野球人として得難い経験を数多く持つ和田さんに、大谷翔平選手をはじめとする侍JAPANから、古巣・ホークス3連覇の可能性まで、さまざまな話を聞いた。【第4回/全8回】
自身も04年のアテネオリンピック、06年のWBC、08年の北京オリンピックで日本代表に選出され、日の丸を背負って戦ってきた和田さん。最強と言われながらも今大会ベスト8という結果に終わった侍ジャパンについて、日の丸を背負って戦ってきた和田さんの目にはどう映ったのだろうか。
──和田さんが代表だった頃と比べて、代表チームに変化は感じましたか?
「たとえば、当時の日本のマウンドは土がやわらかかったので、ピッチャー陣は国際試合での硬いマウンドに苦労していたんです。でも、今の選手は普段からメジャー流の硬いマウンドで投げていますし、打席の土も同じように硬いところで打っているので、グラウンドの違いを前ほど問題にしていないですね。
国際球がNPBのボールに比べて滑りやすいというのは変わりませんが、その国際球に慣れなくて球を操れていないピッチャーというのも、最近はあまり見ません。本当に日本で投げているような感覚で投げていました。今回はダルビッシュ有投手がアドバイザーとして合宿に参加したので、マウンドの使い方やピッチクロックなどをアドバイスしてくれたことは大きかったと思います」