1985年から5年間にわたり、宝塚歌劇団で月組の男役トップスターを務めた剣幸さん。『南太平洋』『ME AND MYGIRL』といった世界的名作にも出演し、退団後も数多くの舞台で活躍。ディズニー映画『塔の上のラプンツェル』(2011)では声優としても高い演技力を披露した。表現者としての実力は折り紙付きだが、その実、本人はずっと自信がなかったという。【第3回/全3回】
入学試験では審査員に笑われ、劣等生を自認するも、1985年に月組トップまで登り詰めた剣さん。この2年後、剣さんが束ねる月組に配属されてきたのが、のちに同じくトップを張る天海祐希さんだった。
剣さんと天海さんは今も交流が深い。入団1年目の天海さんが新人公演『ME AND MY GIRL』の主役に抜擢された際、本役の剣さんが「あんたはそのままでいいのよ」と頬を掴みながら激励。天海さんが感激したというエピソードが、今もファンの語り草となっている。
そんな剣さんから見ても、天海さんは入団時から“別格”だったそうだ。
「ユリちゃん(天海さん)はノーブルな男役としての天性の資質があって、入団当初からトップスターになることが誰の目からも明らかでした。
そうは言っても、主役を研1(入団1年目)の生徒がやるとなったら、周りからいろいろなことを言われてしまう。でも、ユリちゃんならできると劇団が決めたことだし、パーフェクトにやってもらうのが月組にとっての“いいこと”ですよね。
世の中で1番邪魔なものは、“あの人がこうだから、この人がこうだから”と、他人と自分を比較すること。そうじゃなくて、“みんなで前を向いてやればいい!”って思います」
そして人気絶頂のさなか、1990年に剣さんは宝塚歌劇団を退団。自ら世代交代を考えての決断だったが、意外にも退団の決め手は、大ファンである読売ジャイアンツの中畑清さんだった。