中畑清本人から……退団後には“男役”からの脱却に直面
中畑さんは1989年に引退を表明し、現役最終試合となった同年10月29日の日本シリーズ第7戦で見事にホームラン。チームを日本一に導く有終の美を飾ったが、剣さんの退団もこれに触発されてのことだった。
「トップスターは、就任の時に自分の辞め時を考える人が多いらしいのですが、私もトップ5年目で、ぼんやりと“いつ辞めるかを考えなくちゃな”と思っていたところ……何の気なしに野球中継を見ていたら、中畑さんが気持ちよくスッカーン!ってかっ飛ばしたんです。
有終の美とはまさにこのことで、引き際のカッコよさにしびれ、“私も辞めよう!”と心が決まり、次の日にはもう退団届を出しました。引退試合とはいえ、中畑さんがホームランを打っていなかったら、退団まではしていなかったと思います」
スポーツは見ている人に夢や希望を与えるものだとはよく言ったもの。だが、この話には“オチ”もついていた。
「それから何年か経ってから、中畑さんとお食事させていただいたんですけど、“俺のせいで剣さんが退団した!って、宝塚のファンから言われちゃったんだよ~(笑)”なんて仰ってました(笑)。
こうして宝塚を退団した先には、広い世界が広がっていた。まずぶち当たったのは“男役”からの脱却だ。
「歩幅の広さや、肩で風を切る男役の仕草をひとつずつ直していくことから始まり、今までやったことのない歌や踊りなど、すべてが目新しいことの連続。“武者修行で来ました”という感じで、また劣等生1年目からのスタートでした。でも、男役としての立ち居振る舞いから離れ、“素”で立っていられる心地よさはありましたね」
一口に「舞台」といっても、演出方法は宝塚のそれとはまるで違う。男役から脱却も含め、全ての現場が学びだった。