撮影中の納得できない場面
なかでも鮮明に覚えているのが、劇団員の前で演説をする場面です。役者、劇団の演出家(蜷川幸雄)、実際の映画のカメラマンも監督も、スタッフ全員が見ている。その場にいる役者たちは、役の上でも私の演説を聞く立場にいる。全部が揃った状況でした。そこで蜷川さんが、「もっとやれ、もっとやれ」とけしかけてくるんです。あの時だけは本当に、ここで失敗したら終わりだと思いましたね。セリフをセリフとして言っていてはダメだと。どこから出てくるかわからないような言葉でなければ、許されないと思った。あれは女優として、本当に特別な経験でしたし、燃えました。
『極道の妻たち 三代目姐』(1989年)は、私がとても愛着を持っている作品です。降旗康男監督で、カメラマンは木村大作さん。音楽は三枝成彰さん。最高のスタッフでした。私は兵庫の坂西組の三代目組長の妻・葉月を演じて、日本アカデミー賞の優秀主演女優賞もいただきました。
ただ、撮影中に納得できない場面があってね。丹波哲郎さんが演じた葉月の夫、つまり大親分が亡くなった後に続くシーンが、私が仏壇の前でチーンとおりんを鳴らすだけだったんです。それはおかしいでしょう、と思いました。あの世界の大親分が亡くなったら、黒服の人たちが何百人と集まって、警官も出て、すごいお葬式になるはず。それをチーンの一つで済ませるなんて、リアリティがない。もう夜中でしたけど、東映京都撮影所の所長だった高岩淡さんに電話しました。「あれじゃダメです」と。翌朝、全員招集で、葬儀のシーンを足したんです。観直していただければ、あのシーンがあるとないとでは、全然別の映画になると分かると思います。
組員の赤松を演じたショーケン(萩原健一)さんとの絡みがあるシーンも、最初はかわいらしいペンションみたいな内装のセットでした。あの世界の人たちが会うような場所じゃない。コーディネーターの方と一緒に、自分のホテルから使えるものを借りてきて、全部差し替えました。そういう細かいところが積み重なって、作品になっていくんです。