いとうせいこうさんに刺激を受けた
『フキコシ・ソロ・アクトライブ』を始めたのは89年です。『WAHAHA』で、セルフプロデュースで何かやるという企画があがって、「俺、一人でやります!」って言っちゃったんです。あのときは、上京したときに頭の中にあった“得体の知れない”ということに対する希望というか、執着をまだ持っていたんでしょう。その頃に刺激を受けたのが、いとうせいこうさんです。当時、いとうさんは出版社 (講談社) で編集のお仕事をされていたのに、ラッパーとして活動したり、実に多才ぶりを発揮されていました。いとうさんが、マイク一本でスタンドアップコメディをされているのを観て、それこそ“得体の知れない” 人に見えたんです。
最初の『ソロ・アクトライブ』は失敗でした。2回目は満足できなくて、このまま終わらせたくないって思いがありました。このときに分かったのは、「失敗するんだったら、小さな失敗よりも大きな失敗のほうが面白い」ってことです。僕は、ライブの舞台をオーソドックスな形で考えてたんですが、スタッフに「ライブそのものがうまくいかなかったとしても、もっと大胆でヘンなカタチの舞台そのもので笑いを取れるんじゃないの」みたいなことを言われたんですよ。その頃は飲み屋のバイトもやっていたんですけど、そういうやりたくない仕事をするのなら、スナックの開店祝いのイベントだったり、表現そのものや(進行)台本も自分で考えなきゃいけない仕事をしようと。その経験はすごく生きたと思います。同じ感覚でライブも続けられたんだと思いますね。