地元・名古屋から兵庫までレッスン、終わるまで待ってくれていた母「本当に母の支えなくして…」

 1982年に68期生として入団した一路さんは、今年で芸能生活45周年となるまさにレジェンドだ。そんな一路さんが宝塚を目指したのは幼い頃からだった。出身地である名古屋から週末になると新幹線で兵庫へ通い、歌やダンスのレッスンを受けた。

「当時は今ほど受験スクールが全国になかったのです。宝塚に詳しい知人から“兵庫県のスクールに行った方がいい”とアドバイスをいただき、週末になると名古屋から兵庫県まで歌と踊りを習いに通っていました。
 周りに同じ目標を持つ仲間がいる環境に、自ら飛び込んでいきました。ダンスや歌を好きという気持ちはもちろんありましたが、家族がここまで応援してくれているんだから、“絶対に受かりたい”という思いで受験に臨んでいました」

一路真輝 撮影/松島豊

 実は一路さんには、生まれつきの股関節脱臼というハンディキャップもあった。小学生の頃までは毎年病院で検査を受けていたほどで、バレエを習う際も医師に相談したという。

「母が昔お世話になった先生を探してくれて、“この子はバレエをやって大丈夫でしょうか”と聞きに行ってくれました。今振り返ると、本当に母の支えなくして宝塚受験はありませんでした。でも、母は宝塚の熱心なファンだったわけではないんです。私と妹が宝塚を観劇している間は、母はショッピングをして待っているような人でした。だけど娘が好きなものだから応援してくれた。そんな母の存在は大きかったですね」 

 そんな一路さんにとって、最大のCHANGEは何だったのか。そう尋ねると、彼女は迷いながらも1人の先輩の名前を挙げた。

「やっぱり、麻実れいさんですね」

 一路さんは、当時トップスターだった麻実さんの退団公演で相手役(娘役)に抜擢された。また、新人公演では麻実さんが演じた役(男役)も演じており、麻実さんとの縁は切っても切り離せない。