霞ヶ関時代の紙文化からの脱却と求められた「民営化」

――国家公務員を辞めた後はボストン・コンサルティング・グループやドリームインキュベータなど大手戦略コンサルの仕事に携わっていたそうですが、霞が関と民間企業の違いに戸惑うことはありましたか?

 コンサルも死ぬほど働くし、タフだし、資料や企画書を作る仕事だし、霞が関との共通性が高いと思ったんですが、やっぱり文化の違いはありますよね。霞が関は紙文化ですから、官僚時代に法律を作る仕事をしていた時は、内閣法制局に呼ばれた時のために、六法全書だとか大量の紙資料を紙袋に入れた一式セットを準備しておくんです。私、その感覚のままコンサルに転職して、クライアントのところに行く時に、そんな感じで資料を紙袋に入れて持ってこうとしたら、「お前、ふざけんなよ」って止められて。「松本は民営化が必要だ」と言われました。それで、すぐにパソコンが入るカバンを買って、はい、民営化しました(笑)。

 霞が関もコンサルも特殊な世界ですが、仕事内容は似ているようでやはり違う。霞が関の主な仕事は調整なんです。とにかく拘束時間が長くて、利害関係者がたくさんいる中で地雷を踏まないように歩きながら、パズルを組み立てていく。一方のコンサルは、どうやって価値を作って落とし込むかという作業で、短い時間で結果を求められる。

 それから、官僚時代は「経費」という概念がありませんでしたね。給湯室に置いてある茶葉も職場のみんなが給料日に数百円ずつお金を出し合って買ったものだし、挨拶の時に渡す名刺だって自腹です。現実はまったく違うのに、税金で美味しい思いをしているように見られがちですから、常に委縮して肩身が狭い思いをしていたことも、官僚を辞めた理由のひとつかな。何も悪いことはしていないのだから、もっと堂々とお天道様の下を歩きたいという気持ちはありましたね。