日本に住めるのは嬉しかった
台湾にいた頃の私は活発な女の子だったんですけど、日本に来てからはやっぱり言葉も通じないし、違う国というだけでドキドキもしちゃって、学校ではすごくおとなしい子でしたね。ただ……。
──ただ?
日本に住めるのは嬉しかったです。日本ってディズニーランドもあるから、まさに“楽園”ってイメージがあって(笑)おとなしかったのも最初だけで、すぐにお友達もたくさんできたから、寂しいってことは一切なかったですね。
──良かったです。そして、芸能活動を始められたのは、短大時代の“読者モデル”。これは何かキッカケがあったんですか?
高校生の頃から芸能界に憧れはあったんです。特に当時、私は“Wink”の大ファンで。私もあんなふうに歌って踊りたいと思っていたんです。でも、うちの両親は厳しいというか、芸能界は良くないというイメージを持っていて、芸能人になりたいなんて言ったら、猛反対されたんですね。
──まあ、高校生の娘が芸能界に入りたいと言いだしたら、心配して反対するご両親の気持ちは分かります。
そうですよね。だから短大に入って、自由になってから。といっても、最初の仕事はパソコン系の雑誌だったかな? 私は普通のお客さん役で、パソコンを見て回っている姿を、カメラマンさんが撮るという、本当の意味で、普通の読者モデルでしたね。
──パソコン雑誌に出ていた無名の読者モデルが、エロテロリストになっていく過程は気になりますね~。
ウフフ。どこからお話しすればいいのか。最初は読者モデルとして登録していた事務所のプロデューサーさんが、いろんなオーディションに応募してくれていたんです。そのなかで、私の写真を見て気に入ってくれた事務所があって、私も呼ばれたんですね。