里田まい、木下優樹菜との『Pabo』との違いは?

──2007年3月から、中野腐女子シスターズに加入し、健康オタク担当で活動していました。当時のことは覚えていますか?

「すぐ抜けちゃったので、もっとやりたかったですね。グループ自体、途中加入で、本格的にコミットする前に『ヘキサゴン』に呼ばれたから、短い期間しか活動できなかったんです。『ヘキサゴン』であんなにブレイクするなんて私ももちろん予想できなかったですから、余裕があったらアイドルの方ももっと頑張りたかった、という思いはあります。せっかく(プロデューサーの)はなわさんが作ってくれた曲も、数曲しか歌えなかったかな」

──アイドルは未経験だったのですか?

「何もかも未経験でした。でも卒業してから、私が熊本県の宣伝部長として『ダイスキ!くまもとファイヤー』っていう応援ソングをプロデュースして、はなわさんに作曲していただいて。バックコーラスの『くまもとファイヤーズ』にも中野のメンバーが協力してくれて、ご縁は続いていたんです。よく会っていたし、私も中野のライブを観に行っていたので、卒業してからの方が仲が深まったと思います」

──『ヘキサゴン』では里田まいさん、木下優樹菜さんとユニット『Pabo』を組んでいましたが、同じアイドルグループとしてどのような違いがありましたか?

「Paboの方がダンスは難しかったけど、その分メンバーと1日中一緒にいるっていう日が多くて。いろんな話もしたし、短い時間でも濃い経験を一緒にしたから鮮烈な経験になったと思います」