2009年にテレビ朝日に入社し、情報番組やバラエティなどで活躍後、2019年に独立した宇賀なつみさん。自身の会社を立ち上げ、独自のペースで働きながら世界中を飛び回っている彼女が、過去3年間の旅の記録と心の軌跡を綴ったエッセイ『おもうがたび』(幻冬舎)を上梓した。
 第2回となる今回は、彼女が「アナウンサー」という仕事を選んだ意外な理由と、旅先で出会った忘れられない絶景、そして彼女ならではの身軽な「バッキング術」について伝授してもらった。【第2回/全5回】

宇賀なつみ 撮影/河村正和

 今でこそ自由を謳歌し、国内外をタフに飛び回るポジティブな印象が強い宇賀さんだが、そのルーツは学生時代に遡る。大学生の頃から単身オーストラリアを旅するなど、未知の世界に飛び込む素養を養っていたのだ。

 エッセイの中では、学生時代に角田光代さんの著書「いつも旅のなか』(KADOKAWA)を読み、「こんな風に世界を旅しながら生きていけたら」と強い憧れを抱いたエピソードが綴られている。

 そんな自由を愛する学生だった彼女が、過密スケジュールのテレビ局アナウンサーという職業を選んだ背景には、小学生の頃からの明確なビジョンがあったという。

「小学校の卒業文集には、もう『将来の夢はアナウンサー』と書いていたんです。放送委員で新聞係もやっていたので、なんとなくマスコミ系には進むんだろうなと思っていました。

 ただ、実際に就職活動の時期になると『どうやらアナウンサーは難しいぞ」ということに気づいて、とにかく片っ端から全部受けようと。たまたま最初に採用試験が始まったのがテレビ局だったんです。

 面接に行ってみたら、大の大人たちが自分の話を面白がって聞いてくれるのがとにかく楽しくて。ひたすらしゃべりまくっていたら、たまたまテレビ朝日に受かったんです。受かってやろうという気持ちが1ミリもなかったのが、逆に良かったのかもしれませんね(笑)」

 自然体な好奇心で飛び込んだ世界で実績を重ね、現在は念願だった「旅と執筆」を両立する人生を手に入れた。そんな彼女に、この3年間で「自分の人生観を一番チェンジさせた忘れられない景色」を聞いてみると、少し悩んだ後にカナダでのエピソードを挙げてくれた。

「1つに絞るのはすごく難しいんですけど...... カナダでオーロラを見に行ったときの、夜明けですね。3日目に、朝まで待ち続けたのにオーロラが見られなかった日があって。ひとりで真っ暗な凍った湖の上にいて、だんだん遠くに赤い光がポツンとついて、それが広がって朝日が昇ってくる瞬間をずっと見ていたんです。なんの音もしなくて、でも確かに太陽が動いていて。その瞬間、『あぁ、地球ってこうやって回ってるんだな、こっちが本物なんだな』と心から思えたんです。カレンダーや時計に区切られていない世界があるということを実感できて、とても感動しました」

 忙しい時間が流れる東京の裏側で、まったく違う時間が世界には流れていることを知り、より自由な気持ちになれたという。

 しかし、旅は美しい景色ばかりではない。エッセイの中には、タンザニアのサファリで気球が不時着したり、砂漠やサバンナで車がスタックして抜け出せなくなったり、カンボジアで熱を出して寝込んだりと、数々のピンチも描かれている。

「旅にかなり鍛えられていると思います(笑)。私は旅に出たら『生きて帰ってこられればオッケー』と思っていて。スリが怖いとか治安が悪いと言っていたら、もうどこにも行けないじゃないですか。

 どんな場所にいても、いい人も悪い人もいるのは同じ。変にビクビクしないで、自分を守るために気をつけるべきところはちゃんと気をつけて。でも足は止めないで、なるべく、いろんなところに行きたいんです。

 スタックしたのも、不時着したのも、熱を出したのも、こうやって本のエピソードになっているから、ありがたいくらいです(笑)」

 その強靭なメンタルと行動力は、日々の挑戦によって更新され続けている。最近訪れたというジョージアでの旅のエピソードも、彼女らしさにあふれていた。

「先週もジョージアに行っていたんですけど、毎日自分で車を運転していたんです。初めての国で、ジョージア語は読めないし、初日はやっぱり怖かったです。でも3日目になると、もう5年住んでるみたいな感じで運転できるようになるんですよ。やっぱりちょっと怖いことにチャレンジすると、できることが増えるというか。勇気を出した分だけ、可能性って広がっていくんですよね」